2755人が本棚に入れています
本棚に追加
四谷の口角が緩やかに上がる。それを見ただけで、首尾はわかろうというものだ。だが、話したがりの小畑が横から割り込んできた。
「もちろん! 僕と海鈴の見事な連携の勝利! ここへ来るのは急に決めたから、繁樹には何も話してなかったけど、いろいろ察してくれてありがたかったよ」
「え、嘘!? 二希、あんた繁樹に何にも話してなかったの?」
「うん」
「うわー、雑! 繁樹だからよかったようなものの……」
「そうだよ。繁樹だから大丈夫かと思って」
「お前なぁ……」
あの日、急遽計画を実行することにした小畑と四谷は、あれこれと策を講じてはいたが、それぞれを鉢合わせて以降は小畑の独断だった。だから、四谷は二人がここへ来たことは後で知ったのだ。当然梶浦には話は通っていないはずなのだが、上手くいったとのことから、小畑がこっそり話を通していたのだろうと思っていた。
困ったように笑う梶浦を見て、四谷はホッと息をつき、笑う。
「よく対応できたわね」
「まぁ……美青さんのことはよく聞いてたからな」
「そうね」
これでもかというほどに整った容姿、ガタイの良さも相まって、一見近寄りがたい雰囲気の一颯だったが、一度打ち解け合うと見た目と中身にギャップがあることがすぐにわかった。意外と素直なところもあり、自分のことを包み隠さず話してくれたのだ。家族のこともその中にはあり、三人にとって美青の話は定番中の定番だった。まるで彼女のように愛しげに話すものだから、ある日悪戯好きの小畑は、揶揄いを含めてこう尋ねてみた。
『一颯は美青さんのことが好きなんだね』
『そうだな』
『家族としてじゃなく、一人の女性として愛してるってことだよ?』
『……あぁ、そうだ』
一瞬間は空いたが、誤魔化そうとはしなかった。血の繋がらない姉を女性として意識し、欲していることを堂々と宣言したのだ。
聞いた小畑はもちろん驚いたし、側で聞いていた四谷は目をぱちくりとさせていた。滅多にないことだ。そして梶浦は放心状態になっていた。
だが、一颯の潔さに三人はある種感動し、一颯の想いが届くといいとずっと願っていた。そのために自分たちにできることがあるならいくらでも協力しよう、そう思っていたのだ。それが──叶った。
「一颯、今デレデレなんじゃないの?」
「だね。いやぁ、見せつけられるこっちの身にもなれって!」
「ま、一颯の機嫌がいいと社内も平和だし、いいんじゃない? 美青さんも幸せそうだしね」
四谷がクスリと笑みを漏らす。
「そういや、結婚式は挙げるのかな?」
小畑が身を乗り出してそう言うと、あとの二人が首を傾げる。
「どうなんだろう?」
「挙げるんじゃない? ご両親も二人の結婚には賛成みたいだし、美青さんは一人娘だから花嫁姿は見たいでしょ? ま、一颯も見たいと思うけど」
「確かに!」
すかさず梶浦が同意する。
「それじゃ、二次会の会場はここで決まりだね!」
小畑の言葉に梶浦が目を丸くした。
「え!? そんなの、二希が決めていいの!?」
「僕が決めるんじゃないよ。あの二人だってそう思うだろうってこと!」
「そうかな……?」
首を傾げる梶浦をよそに、四谷は店内をぐるりと見渡す。ここならこじんまりとしたいい二次会ができそうだ。社内の人間も全員入りきる。
「あの二人が式を挙げるとしたら、きっと身内だけのささやかな式だと思うし、二次会がここってちょうどいいかもね」
「だよね!」
同意をもらえてはしゃぐ小畑に、四谷は意地の悪い笑みで囁いた。
「二希の時もここにすれば?」
「えぇっ!? 二希も結婚するのか?」
「何言ってんだよ! しないしない、しないってば!!」
「そお? 知ってるわよぉ、七瀬さんにガンガン迫られてることは」
「おおおおお!」
「だーかーらーーーっ! 違うっ!!」
大仰に驚く梶浦に小畑は必死に言い訳をしている。それを見て、四谷は楽しそうに微笑む。が、すぐに小畑は四谷に反撃をしてきた。
「海鈴! さては海鈴だな! おかしいと思ったんだよ。七瀬さんが急に積極的にいろいろ仕掛けてきてさ……海鈴が七瀬さんをそそのかしたんだな!」
「はぁ? 人聞きわるーい」
「ちょっとどう思う? 繁樹!」
「どう思うって……。ま、いいんじゃない?」
「よくなーい!」
子どもように騒ぐ小畑を眺めつつ、四谷はマルガリータを口にする。爽やかな飲み口が何とも言えない。
「繁樹、もう一杯」
「了解」
梶浦がニッコリと笑み、カクテルを作る準備に入る。すると。
「繁樹! 僕にも! 僕にもマルガリータちょうだい!」
梶浦は四谷を見て、四谷も梶浦を見る。そして二人はしょうがないなといったように、同時にプッと噴き出した。
了
最初のコメントを投稿しよう!