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無理だ、これ以上見ていられない。
俺は有賀を強い力で振り払い、会場から逃げるように走り去った。今度は有賀も止めなかった。
同じ空間にいるのに、俺と氷室の「天と地の差」は何だろう。
かたや蒼井を手に入れ、ミスターコンでグランプリになり、ありのままの姿を観衆に認められる。
かたや蒼井に告白することもできずに失恋し、家からの重圧に毎日耐え、自分を偽って生きている。
いつから俺の人生はこんな風になってしまったのだろうか。自分が惨めでたまらない。苦しかった。
誰もいない建物裏の、木陰のベンチに座る。身体を丸めるように俯いていると、ふと視界に自分よりサイズの大きい靴が映った。それが誰かなんて、顔を上げなくても分かることだった。
「…知ってたんですか」
尋ねると、頭上から控えめな声が降りてきた。
「…知ってた。最近大学で蒼井に手を出す奴が多いらしく、困っている蒼井を助けるためにやると氷室から聞いていた」
「どうして、こんなことしたんですか」
「お前を…過去から解放したかった。恨んでいるか、こんな方法をとった俺を」
恨んでる?
不思議とそんな気持ちは湧かなかった。完全に破れた恋なのだと、はっきりと自覚することができた。
蒼井が「過去の存在」へと自分の中で書き換えられていくのが分かる。
「恨んでなんて、いませんよ。…むしろ、ありがとうございました。ただ…」
「ただ?」
目頭が熱くなる。もうダメだ、我慢できない。
堰を切ったように涙が次から次へと溢れ出てきた。
「哀しくて…、かな、しくて。堪らないんです。…どうしよう、涙が、涙が止まらないんです」
その瞬間、有賀は俺を強く、強く抱きしめた。
俺より一歳年下の、俺より広い胸で思いっきり泣いた。声をあげて泣いた。
こんなに感情を出して泣いたのはいつ以来だろう。「遊佐学」は、泣くことをけっして許されなかったのだ。
「今日だけ、今日だけですから…」
なけなしの強がりを言っても、有賀は黙って抱きしめながら俺の頭を撫でるだけだった。
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