当て馬

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当て馬

『遊佐先輩、夜遅くにごめんなさい。蒼井です。氷室と付き合うことになりました。巻き込んでしまってすいません、ご迷惑をおかけしました!』 微睡かけた新月の夜、突然高校の陸上部の後輩からLINEが来た。 彼とは苦楽を共にした仲で、以前事情があって恋人ごっこをした仲で、それでいて俺が想いを寄せる相手だった。 体温がスッと下がっていくのがわかる。我ながら情けないため息が漏れた。 「……氷室かぁ…、氷室…」 うん、氷室ってイケメンだよな。 陸上の才能は恐ろしいほどあるし、人当たりもいいし、噂によると頭も良いらしい。 可愛らしい顔立ちの蒼井と美男子の氷室はお似合いだ。 「勝て…るわけ、ないよな」 そうだよな。 誰にでも良い顔する八方美人の俺が、自分だけを愛して欲しいと思うなんて。都合が良いにも程がある。 でもかなり好きだったんだけどな。 大切にして、絶対に幸せにしようと思ってた。優しく抱いて、トロトロに甘やかしたかったのに。 氷室に抱かれて顔を赤く染める蒼井を想像すると、はらわたが煮え繰り返りそうになる。 「俺を選ばなかったこと、後悔しろバーカ」 口先ではそう言えるのに。 気がつくと『よかったな、末長くお幸せに!』なんて良い人面してる俺がいた。ムシャクシャして乱暴に送信ボタンを押す。 自分でも嫌になる程お人好し。ときにそれは「誰に対しても都合の良い人」でしかない。 だが本当の自分を知られたら、周りから人が離れる気がして。いつも大きな猫をかぶっている。 本当の俺は爽やかな善人なんかじゃない。 浅ましくて、意地っ張りな小心者だ。 不意に身体から力が抜け再びベッドに倒れ込む。溢れる涙に気がつかないフリをした。 「俺じゃ、ダメだったのかよ…」 こんな俺を、意地悪な従兄弟はまた馬鹿にして笑うのだろう。
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