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「学、準備できたかしら。もう皆さん集まっているわ」
和服を着た母が俺の部屋の襖を開ける。ちょうどネクタイを締めていた俺は、柔らかく微笑んで返事をした。
「はい、大丈夫です。まもなく向かうとお伝えください」
俺の言葉に母はニコリともせず襖を閉めて去って行った。相変わらず愛想のない母である。
今日は遊佐家の大事な会合だ。
遊佐家は戦前から巨大な財閥であり、財閥解体後もなお莫大な権力と財産を持つ。通称遊佐グループと呼ばれ、いつくもの事業を展開している総合企業である。
そんな遊佐家の次期当主が間も無く決まろうとしており、本家の長男である俺はもちろん候補者だ。その他にも親戚の二名が候補者であり、計三名。
今日の会合で候補者が全員集まる。きっと、何か重要なことが発表されるのだろう。
はっきり言って、どうでもいいが。
古臭い偏屈が集まる前時代的なこの家に、正直何の愛着も感じていなかった。当主の座なんて、全く欲しくない。周りからの期待と両親の圧力でそんなこと口が裂けても言えないが。
遊佐学は「優等生」だから。
いい子で、優秀で、都合の良い、「遊佐家の駒」として育てられてきた。
だから、選ばれたのならやり通す覚悟くらいあるさ。遊佐家の生贄にだってなろう。
俺はそのために生まれてきたのだから。
意を決して自室の襖を開ける。
ふと他の候補者に思いを馳せた。
「お前たちに、このくらいの覚悟があるのか」と。
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