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ああ、苛々する。
古臭いこの家も、冷徹な両親も、性格の悪い候補者も、腹黒い俺自身にも。だがこの状況はどうしようもなかった。
ムシャクシャしながら奥にあるトイレに行こうと、廊下の角を曲がった時だった。肩にドンっと人影が当たる。
見ると、有賀が立っていた。
「っあ、ごめんなさい。前をよく見てなかったので」
そう言っても有賀は俺の前から退こうとしない。邪魔だ。
「あの、トイレに行きたいので。通してください」
「お前、失恋しただろ」
「…は?」
驚いて有賀の顔を見上げる。すると普段は無表情のくせに、ニヤリと笑う顔があった。
「随分入れ込んでいたみたいじゃねぇか。高校の後輩…だっけ? 本気だったんだろ?」
「…どこで聞いたか分かりませんが、私的なことに踏み込まないでいただけますか。不愉快だ」
余計に腹が立ち、有賀を押し退けようとした時だった。
腕を取られ、有賀が俺を壁に押さえつける。所謂壁ドンという状態で、そのまま唇が触れそうなほど顔が近づけられた。
「何のつもりですか」
「つれないこと言うなよ。慰めてやろうと思ったのに。俺ならお前を絶対に傷つけないし、優しく可愛がってやるよ」
「……っ、からかわないで下さいっ!」
耐えきれなくなって有賀の頰を叩いた。そこまでしてようやく有賀の拘束から自由になる。
頰を赤く染めても尚、有賀は余裕そうに笑っていた。その様子が癪に触り、俺は振り返らずにトイレに駆け込んだ。
そんな俺の後ろ姿を見つめながら、有賀が獲物を狙うような眼をして舌舐めずりをしていたことを俺は知らない。
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