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鍵となる人物
稗田は久しぶりに、奥宮さんのマンションを訪れていた。
大塚未藍の母親が行方不明になった場所と日付が気になっていた。
奥宮のお爺さんには聞きたいことがたくさんあった。
まずは、坂下町で虫喰い現象が起きたこと、御泊との接点が見つかったこと、虫喰い現象が最初に起きた女子高生の母親が、御泊で行方不明になっていることを説明した。
「大塚さんの母親が行方不明になった日は、御泊が観光地化される前まで行われていた、山の神様やご先祖様をお迎えする祭礼の日でした。
お迎えの祭礼が行われていた場所、その沢でその日に行方不明になったんです。祭礼の中身は奥宮さんを含め一部の人しか知らないはずです。その祭礼の日、沢では何が起こるのでしょう?」
稗田の問いに驚くでもなく、隠すでもなく奥宮のお爺さんは応えた。
「あんな小さな沢だが反対岸は彼岸、あの世さ。毎年昼と夜が同じ長さになる秋分の日をお彼岸というのは、あの世とこの世がピタリと重なるからさ。
沢を渡っでご先祖様や山の神様もやって来る。御泊の宿ではずっと昔がら山の神様をお迎えしてきだ。
山の神様どは白蛇様だ。お狐様、山猫様も宿にお泊まりになって人間界の食べ物を食べで、人の姿になってしばらく滞在される。」
「大塚さんのお母さんはあの日、山の神に出会ってしまったということでしょうか?」
「うぅん……山の神は人間界に来るど、気に入った女を娶っで子が生まれる。あちらの世まで連れ去るごどもある。
神隠しにあった母親は、そごに行げば山の神様に会えると分がっていだんだろう。偶然行ぐような場所じゃない。
その母親の子、もしかしだら山の神ど人どの子がもしれんぞ。神隠しは“契約”の前に増える。心を試す試練なんじゃ。耐えられる人物のみ資格が与えられる。」
「ーー試練。白猫の伝説でも蓮行さんを待てなかったお染さんが登場します。お染さんは白猫となり1000年、坂下町の守り神をすることになりました。
ぼくはその白猫にミヤマオダマキの花※をもらいました。白猫はぼくに山の神と人との子がいると伝えたかったのかもしれません。」
「……綴くんですら“血”が薄まっでしもだか。今回の“契約”は難儀よのぉ。」
奥宮のお爺さんは白い無精髭をなでながら話を続けた。
「御泊の開発で金がばら撒かれ、宿が買われだのはちょうど世代交代の時期だった。我々の“血”は薄まった。若手衆には神様が見えながったらしい。見えないものより見える金を信じでしまうのは仕方ながったのがもしれない。時の流れだ。
“血”が濃いほど神様が見えるし声も聞ける。白猫様は声が聞こえない綴くんに花で伝えだがったんだろう。」
ーー稗田の心は自信のなさに揺れた。
(祖父なら白猫の声が直接聞こえたのだろうか? ぼくでは役不足なのだろうか?
“契約”は間近だ、今更やめるわけにはいかない。誰かに替われるわけもない。
役不足なのは仕方ない。周りの力を借りて成し遂げる。そう自分で決めたのだ)
ーー腹は決まった。
「もう一つ、大事な質問があります。」
稗田は背筋を伸ばすと、奥宮のお爺さんのほうをしっかりと見た。
***
「悲恋の枯れ井戸」P11、12より
※深山苧環の苧環とは、布を織る前の糸を巻いたものをいう。その形に似ていることから花の名前になったようだ。
蛇婿入り苧環型(べびむこいりおだまきがた)という日本に古くからある民話の型を意味している。
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