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雨はいよいよ強く降り出し、聖哉の体を打ち付ける。ゴールデンウイーク前のこの時期にしては、珍しいほど激しく雨が降っている。これでもかというほど聖弥の体を雨粒が叩きつけ、じっとりと皮膚に布が張り付く感覚がなんとも不快である。信号が青に変わる時間がとても長く感じられた。雨は聖哉を学校へ行かせまいとしているかのようだった。聖哉の後ろに並んだ同じH大の大学生がいまいましげに薄手のグレーのパーカーのフードを目深に下ろす。聖哉はTシャツ一枚で身を守るものなど持っているはずもなかった。車のヘッドライトがビームとなって、雨のカーテンを貫く。とても長く感じられる時間が過ぎた後、やっと車側の信号が点滅しだした。聖哉は自転車のペダルに足をかけ、縁石から横断歩道にわずかに乗り出し、見切り発進しかけた。もはや授業には間に合わないだろう。しかし、間に合わなくとも、せめて急いで教室に向かおうという気概は今だ失っていなかった。  車が、道路の脇の水たまりに勢い良く突っ込み、まともに泥水を浴びる。思わず口に出して悪態をついてしまった。やはり洋服の、いやせめて靴下の替えだけでも用意しておくべきだった、と聖哉は後悔した。勢いよく大学の駐輪場へ滑り込むと、屋根付きのスペースに自転車を駐車し、教室へと向かって全速力で走り出した。駐輪場から教室までは、200メートルほどある。傘の無い聖哉はずぶ濡れになって、舗石の水をバシャバシャとはね上げながら教室へと急いだ。  聖弥は水滴をはね散らして廊下を水浸しにしながら、目的の教室へと走り抜ける。建物内部の空気もどんよりと澱んでいる中、廊下の両側に配置された教室の蛍光灯の明かりが古い病院のような味気ない白い光で明明と点っている。いつもなら、何人か授業に遅刻して走ってくる学生がいそうなものだが、今日は聖哉だけである。雨が染み込んだ重たい体を走らせながら、講義の行われる教室の前まで来ると、後ろ側のドアを静かに開け、教室へと入った。何人かの目線がこちらに集まったが、さして誰も気にしている様子はない。遅刻者が遅れて入ってくることなど、小学校であれば一事件となったかもしれないが、大学ではそう珍しい光景ではない。それにどうやら、他にも遅刻している学生がいるようだ。いつもに比べてチラホラと空席が目立つ。教室に入った瞬間アドレナリンが途切れ、湿気による暑さと不快さが聖弥を襲った。
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