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終業のチャイムがなると、三人は連れ立って教室の外へと出る。
「あー、授業つまんねかったなー。」
「そう?私はなかなか面白かったけど。」
90分の授業をこなし、三人は学校のカフェでお茶でもしようかとくつろいでいるところだった。このカフェは大学のオリジナル店舗で、レトロな内装と室内楽のCD、うるさくても静かでもない雰囲気が学生に人気だった。当初は手狭な喫茶店だったそうだが、年月を経るにつれ徐々に拡張され、今では、百人弱はゆうに休憩できるカフェとなった。それでも開店当時の手狭で隠れ家的雰囲気は維持している。辻川聖哉、樺沢由衣子、そして寺島大介は同じ理学部地学科の一年生三人だった。見た目も雰囲気もバラバラな三人だったが、入学当初から何故か気があって一緒にいるようになった。
「宗教なんてさ、良く分かんねえじゃん。勉強しても意味ないって。俺ら理系にはほとんど関係無いしさ。」と聖哉。
「またそんなことばっかり言っちゃって。宗教って、自然を畏れ敬う気持ちから始まったものがたくさんあるでしょ?文学、絵画、音楽、自然から影響を受けたものってすごく沢山ある。勉強するのが無駄なんて私は思わないわ。」
「樺沢ってチャラそうに見えてそういうとこ意外と真面目だよね。」
大きな体でキャラメルマキアートをすすりながら、大介が呟く。由衣子はベビーピンクのサマンサタバサのハンドバッグに宗教学のレポートをワサワサと詰め込む。
「大学に来るのに服装派手すぎだろ。」
と聖弥。
しかし、派手な外見とは裏腹に、受講態度は模範生そのもので、講義には欠席したことも無いし、完璧にノートも取ったうえ、講義を録音して復習しているという、勤勉ぶりである。
聖哉はエチオピアブレンドのブラックコーヒーを手に顔をしかめた。そういう聖哉はびしょ濡れの七分丈チノズボンにノーカラーの白シャツ。カフェの店員にはとびきりの笑顔で迎え入れられたが、由衣子には嫌な顔で、ポケットティッシュとハンカチを渡された。女子のハンカチを借りるのはとても心苦しかったが、いたしかたなく髪の毛の水滴を拭き取らせてもらった。
「四年生になって研究室に配属されると、どうせ毎日ジャージにゴム長靴なんだから、授業の時ぐらいお洒落しないと、ダメでしょ。大体あんた達が無頓着すぎるの。大介なんて部活にも入ってないくせにジャージ来てくるなんてありえない。」
「う、うるさいなー。」
大介が少し恥かしそうに俯く。しかし、すぐに反撃に出た。
「こ、こんな土砂降りの中、ブランドの服で揃えてくるやつなんてお前ぐらいだろ。樺沢。」
「あら、今日って晴れの予報だったのよ。天気に合わせて色も選んだつもりだったのに、台無し。私は昼休み教室でご飯食べてたからなんとか助かったけど、聖哉は災難だったわね。天気予報がこんなに外れるなんて珍しいわ。」
ピンクのフリルブラウスに白のフレアスカートという、絶妙な色合いとシルエットバランスの洋服を着こなした由衣子はニューヨークチーズケーキとカフェラテを注文していた。来ている服から食べているもの、ふとした仕草まで、全ての要素が一枚の絵のように調和していた。理学部での新入生顔合わせの時に、最も話題の人となったのが、この樺沢由以子でもある。優雅な動作でチーズケーキの欠片を口元に運ぶ由以子を見ながら、聖弥がおもむろにつぶやく。
「あー、多分、俺が家出たのがいけなかったんだろうな。」
「は?」「え?」
大介と由衣子の声が重なる。こいつら、いや俺たち本当に気が合うんだなと心の中で思いながら、聖哉はこう続けた。
「俺さ、筋金入りの雨男なんだよね。」
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