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聖弥たちが神社の境内を通って井戸までたどり着いたころ、町では、砂嵐が吹き荒れていた。元は人だったものがもはや、死体なのかただの土くれなのか分からない有様で、両手を突き出し徘徊していた。古くからの乾きの呪いを免れた住民たちは、家の中で息をひそめていた。かすかな呼吸の音を聞きつけられてしまえば、どんな強固なバリケードもものともせず、死人が生命体に流れる水分を求めて襲ってくる。
「う、ウエーーン。」
我慢できずに、泣き出してしまった子供は、母親が無理やり自分の体で我が子を抑え込み、声を塞いだ。
ちょうどこの時まだ、由衣子たちが体育館に避難していれば、運動場の地面がひずむ音を聞いただろう。土の中の水分を容赦なく奪われた地面は、ピシッという大きな音を出して、モーセの渡った紅海のように二つに割れた。その割れ目から火山が噴火したかのように、火柱が立ち上がった。それはあたかも、欲しがったおもちゃを与えてもらえなかった小さな暴君が起こした癇癪のようだった。これまで一定のスパンをおいて起こってきた大学の火事は人間が起こしたものではなく、大地の下で古くからこの土地をジリジリと熱攻めにしていた炎の仕業であった。
そして、不運にもこの混乱から逃げそこねた人々は、阿鼻叫喚の騒ぎを起こしていた。
「う、うわああああ!!」
目の前には、異常なまでに体の隆起した土人形、地の底が見えそうなほど深く裂けた道路、そして、何か理解のできない言語を発しながら逃げ惑う人間たちがいた。
「あ、っがっっっ・・」
そして、人間のために犠牲にされた生贄たちの怨霊は、聖弥の兄によって今まさに最も大きな力を与えられていた。怨霊に憑りつかれたものたちは、人間の想像を絶する方法で自ら死を選んだ。聖弥がこの町に来てから、ひと月あたりゆうに十人近くもの若き命を刈り取ってきた霊たちは、今まさに滴る命の水をしゃぶりつくしていた。死と炎と砂と乾きと霊がこの町を支配していた。
その時、丑寅の方角から空がだんだんと黒ずんでくるのに、人々は気づかなかった。
「ギエエエエエエ!!」
聖弥たちをこの町に集わせ、神社まで向かわせた雷神の使い、漆黒の気高き雨の王の眷属、竜たちが渡り鳥のように、この空を埋め尽くしていく。空も割れるような凄まじい鳴き声が、人々の鼓膜を痛めつける。人々は絶望のあまり、声を発するのを止めた。生まれた初めて、この世界で人間は無に等しいと、ほとんどの人間が感じた。¬大地からは炎と歩く死体、空からは漆黒の竜が襲い掛かってくる。
「も、もうだめだ・・・・・。」
人間たちはさながら、ソーセージにされるのを待つ屠殺場の豚のように、抵抗する気力もなく、さめざめと泣いている。目をつぶって抱き合う家族もいる。
「シャアアアア!」
竜たちは、矮小な人間たちには目もくれず、土地の呪いと聖弥の兄の怨念によって命を吹き込まれたゾンビたちにかぎヅメを深々と食い込ませた。しかし、もとは人間だったこの怪物たちも負けてはいない。丸太のような腕をかみつかれたまま竜の首元に回し、渾身の力をこめ、万力のように締め上げていった。
「グ、グギイイ・・・」
竜たちは、最後の力を振り絞ってゾンビの血管だった場所に自らの毒液を流し込む。ゾンビたちは、声を出すこともなく、黙々と竜たちに立ち向かっていく。
わずかに竜の方が力負けしてしまいそうだったが、数では圧倒的に竜の方が多い。黒々とした大群が次から次へと辺りを埋め尽くしていった。
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