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「何だか、嘘みたいよね。」 聖弥と由衣子、そして大介の三人は大学のキャンパスを歩いていた。時は九月、未だ災害の傷跡が生々しく残っているところもあるが、住民たちは町を盛り上げようとするムードに切り替わっている。一連の被害で倒壊した建物、亡くなった人々も多くいた。町に残った傷が消えることも忘れられることもないが、時間をかけて癒すことはできる。人々は徐々に復興へ向けて、動き出していた。大学では、年に一度の大イベント、大学祭に向けての準備に大わらわだ。そこら中で屋台の前売り券を売りさばこうとする学生たちがいる。 「ちょっと前まであんな死にそうな思いしてたなんてな。」 大介が自分で作ってきた握り飯をモグモグと頬張りながら言う。 「そういえば、大介のクレープのチケットまだ買ってないわよ。」 「ああ、言うの忘れてたわ。」 相変わらず由衣子の前では飄々としている。 「もう、一枚ね。」 「さんきゅ、200円かな。」 由衣子がピンクゴールドのハンドバッグから長財布を取り出し、ゴソゴソと探る。 「聖弥はいいの?」 「俺はもう買ってあるんだ。」 聖弥が得意そうな顔をして、ニヤリと笑う。 「もう、何よ!いつも聖弥ばっかり!」 由衣子がプリプリさせながら、200円を大介に投げつけた。 「ごめんごめん。聖弥大好きだもんな。樺沢は。」 「何言ってるの。聖弥のことは皆大好きでしょ。」 聖弥は思わず顔を赤くする。 「大声でやめろよな。お前ら。」 大介は夏休み明けから、料理研究会に入った。コミュニティの中で秀でた能力があれば、チヤホヤされるようで、入部して一週間で次期部長候補になっているそうだ。試作品のクレープを二人も食べさせてもらったが、絶品だった。 「樺沢は俺たちのカッコいいコートをデザインしてくれるって話だったけど?」 大介が、冷やかすように言う。 「実験台になってもらってるだけなんだからね!」 由衣子は、デザイナーと気象予報士の夢をどちらも追いかけるべく、勉強しながらデザインをあちこちに持ち込んでいる。さすがに、いきなり企業に採用されることはないが、大学祭では、由衣子のデザインした服十数点が特設ステージで披露される。そのうちの一点は由衣子自身がモデルになるというのだから、さすがだ。 「聖弥は準備できてるの?世界一周の。」 「ああ、今めっちゃバイトして資金貯めてる。休学できれば、三か月住み込みで働いて、残りの九か月は世界を回るよ。」 聖弥はあれから能力の全てを失った。惜しいとは全く思わないが、当時の感覚が懐かしくなる時もある。日常に戻って最初に思ったことは、自分の世界を広げたいということだった。ここを離れたいという気持ちももちろんあったが、それ以上に変化する自分が楽しく思えてきた。 「二人とも、土産話たくさん持って帰ってくるから、待っててな。」 「ふん!その時までには、私の服が世界中で売れてるようになってるわ。」 「俺は、パリにでも自分のレストラン持ってるかもなー。」 二人も変わった。どんなにバカバカしくても、自分の夢に誇りを持てるようになった。聖弥の口元から笑みがこぼれる。 「あ、なんだよ。聖弥。バカにしやがって。」 大介が肩に腕を回し、軽く締め上げてくる。 「あっはは。バカにしてねえよ。止めろ。」 「いいわよ。大介、やっちゃって。」 「おうよ。」 三人の笑い声がキャンパスに響く。周囲が好奇の目を向け、たまにクスリと笑いをこぼされる。どんなに奇妙に思われても、彼らは彼らで完全だった。三人が分かってさえいれば、それで良かった。聖弥が旅立っても、お互いが別の世界に生きるようになったとしても、この瞬間はいつまでも無くなったことには絶対にならない。 「あ、雨降ってきた。」 聖弥が空に手のひらをかざし、目を細める。 「ちょっと止めてよ。聖弥。」 「バーカ、俺じゃねえって。」 「とりあえず、カフェまで走るか。」 三人が息を合わせたように駆け出す。パラパラと急に雨足だつ空気の中、聖弥、由衣子、大介の靴音と、荒い呼吸、笑い声が遠くなっていく。
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