第一章 英雄を騙る

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 濡れた鼻づらを左に向けてふん、右に向けてふん、と鳴らし、あたりの様子をうかがう。  昨日の夜は蒸されるほどに暑かったのに、今夜は、北から吹きつけてくる風に全身の毛が逆立つ。  冷えた空気にくすぐられ、思わずくしゃみが出た。  折れた避雷針をぼろ布で腰にくくりつけたまま、カナタはよたよたと六叉路を横断し、そのまま、電柱に巻かれたゴム製の帯に小さな爪をかけると、足場の鉄棒をぐいぐいよじ登った。  電柱に金具で縛りつけられた街灯が冷たい光を投げかけ、薄汚れた毛の一本一本までがぼんやり照らされている。  螺子に引掛けた爪がこすれて、かしっかしっと音をたてた。  太くて長い尾の影がアスファルトの路面にのびる。  天辺からさらに上へと伸びる補助の金属枠を伝って、カナタは電柱の頂上にたどりついた。  たわんだ電線の根元に鼻先を近づけて、かすかな”雷気”を感じとる。  匂いとも音ともちがう力の場。  純粋な雷獣の血統を持ったカナタだけが感じとることができる波動だ。  カナタは、夜ごと、この六叉路の巨大な電柱の頂上で雷気を読む。  そして、導かれるままにこの街の方々へ向かう。  それが、カナタの“務め”だ。
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