君の優しい嘘

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僕は、本の中の世界が好きだ。 色んな想像を掻き立てられるし、感情を揺さぶられる。 死んでしまったような、空虚と化した僕の心を蘇らせ、正常な感情を取り戻す事が出来るから。 この世に、本さえあればいい──本気でそんな事を思っていた。 ◆ 「……理央」 声を掛けられ、羅列された文字から視線を上げる。 「何、読んでたの?」 パタンと本を閉じた僕の隣に、凪が距離を詰めて座る。 ふわりと香る、爽やかな匂い。サラサラと風に靡く、細くて綺麗な髪。 凪は、僕と同じクラスの同級生だ。 端整な顔立ちとスラリとしたスタイルから、女子からの人気はあるものの、何処か人を寄せ付けず、冷めた印象があった。 それでも。カースト上位グループに幼馴染みがいるせいか、凪は必然とその位置に属している。 一方の僕はといえば、入学早々カースト下位に属し、極力人と交わる事を避けていた。 凪の指が、僕の持っていた本に掛かる。 あと数ミリで僕の指に触れそうな程、ギリギリの距離。 「……これ、知ってる。 想いを寄せていた女性を事故で亡くした男が、時間を巻き戻して助けにいく……って話でしょ?」 「──うん」 「理央はこういう話、好きなの?」 切れ長の二重が、僕の顔を覗き込む。 長い睫毛。少し色素の薄い大きな黒瞳。凪の視線が、僕を捕らえて離さない。 「……う、うん。好き、かな……」 「僕もだよ」 その瞳が、緩く細められる。 まるで、おとぎ話から飛び出してきた王子様のように、汚れのない爽やかな笑顔。 柔らかな風が吹き、辺りの木の葉が擦れ合って、さわさわと静かに音を立てる。 凪とはよく、学校帰りにこの公園で落ち合う。 以前、このベンチに座っていた時、凪に声を掛けられたのがキッカケだった。 学校では無口でクールで、人と距離を置いているのに。 ここに来る凪は、まるで人が変わったみたいに、表情豊かで驚くほど距離が近い。 こんな、カースト下位の僕なんかと一緒にいたって、全然良い事なんてないのに……なんて、良く思う。 「……じゃあ理央は、時間が巻き戻って欲しいって、思った事ある?」 背筋を伸ばし、凪が僕に質問をぶつけてくる。 「……前は、あったかな」 「今は?」 今は……凪がいるから…… 「思わない」 「……そう。良かった」 僕の答えに、何処かホッとしたように凪が大きく息を吐いた。
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