君の優しい嘘

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校内での凪は、徹底して僕との関わりを断っていた。 廊下ですれ違う時も、表情ひとつ変えず……まるで僕なんか最初から存在しないかのように、冷めた瞳が真っ直ぐ前に向けられていた。 ……でも、それでいいと思う。僕のせいで、凪に迷惑を掛けたくないから。 昼休み。いつものように自席で読書をしていると、塚原が近寄ってきて乱暴にその本を奪い取った。──塚原は、カースト上位グループに属する、凪の幼馴染みだ。 「……何読んでんの、理央ちゃん」 塚原が揶揄する声を上げれば、こっちを見ていたカースト上位グループの連中が、ケラケラと笑い出す。 「こんなの読むよりさ、俺の胸の内を読み取ってよ」 前席の椅子を引き、後ろ向きに跨いで座る。パラパラと本を捲りながらニヤニヤと嫌な感じの笑みを浮かべ、僕の顔を下から覗き込む。 「俺さ……理央ちゃんの事、好きなんだよね」 塚原がそう言った途端、ギャラリーがゲラゲラと腹を抱えて笑い転げる。 「やっだー塚原。サイッコー!」 「いくら罰ゲームでも、俺らには絶対無理だわ!」 「……」 こんなの、慣れてる。 今は少し男っぽさが出てきたとは思うけど、中学の時は女の子によく間違われてて……そのせいで、よく揶揄いの対象にされていた、から…… 「だからさ。……付き合ってよ、俺と」 真っ黒な瞳が、僕を捕らえる。 ……とても、嫌な目。 「なーんてね」 「……」 返事をせず目を伏せれば、バカ笑いをした塚原が勢いよく立ち上がった。そして持っていた僕の本を雑に折り曲げ、席を離れると、教室の後ろにあるごみ箱へと投げ捨てた。 表紙の寄れた本。 そっと手のひらで伸ばし、本を開く。 ……惨めだ。 この顔が元で、揶揄われる僕。 何も言い返せない僕。 文字を追っているのに、全然頭に内容が入ってこない。 やがて涙でぼやけ、只の滲んだ点にしか見えなくなる。 「……理央」 僕を包み込む、優しげな声。 今日は、来ないと思っていたのに…… 「どうしたの、泣いてるの……?」 僕の前にしゃがんで両膝をついた凪が、俯いた僕の顔を下から覗き込む。 ……どうしたのって…… 凪も今日の事……見てたよね…… そう思ったけど、喉奥に言葉を押し込める。 凪にとってはあんなの、大した事じゃないのかもしれない。 重く感じているのは、僕だけなのかも…… 「……なん、でもない」 「何でもない訳ないよ。……理央が泣く程の事なんだから」 「……」 手の甲で、涙を雑に拭う。 閉じられた本の表紙がくしゃくしゃで、まるで僕の心のよう。 「──ごめん、理央」 「……」 「ごめん。……助けて、あげられなくて」 重く……苦しそうな声。 凪の両手が、僕の指ごと本を包む。 「辛かったよね。……ごめん」 「……」 凪の言葉に、僕は頭を左右に振った。 「凪のせいじゃ、ないよ……」 「……それでも、ごめん」 ……震えてる。 発せられた声も。僕に触れている指先も。 凪に視線を向ければ、その綺麗な瞳が涙で潤んでいた。
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