君の優しい嘘

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五時間目の授業は、移動教室だった。 それをすっかり忘れてふらふらとしていた僕は、チャイムの数分前になってようやくそれに気付き、慌てて教室に戻る。 ──ガラッ 「……っ!」 ドアを開けた先に見えたのは、窓から射し込む眩い光に溶け込んだ、凪── 凪は相変わらず綺麗で。 サラサラとした髪の毛一本一本までもが、神々しく輝いて見える。 教科書とノートを抱えた凪は、最後まで僕の方を見る事なく教室から出ていく。 校外で会う凪とは違う……鋭い目を真っ直ぐ前に見据え、近付き難いオーラを放ちながら。 「……」 ……あれ…… さっき落としたのだろうか。凪の机の足元に、筆箱が落ちていた。 「……なぎ……、高波くん……!」 拾い上げ、慌てて追い掛ける。 特別教室に行ってしまったら、きっと渡せなくなってしまうから。 廊下に出ると、僕の声が届いていたのか……凪が振り返ってこっちを見ていた。 まだ近くには、違うクラスの生徒がチラホラといる。──それに、塚原まで…… 「……あの、これ……」 「………」 バッ、 奪うようにして、凪が僕から筆箱を取り上げる。 僕を突き刺すような、冷たく鋭い眼光。 「……」 ……理央。 僕の名を呼び、優しく穏やかな瞳を向ける凪は、ここにはいない。 いないんだ── 思い知らされる、僕の立ち位置。 俯いた僕に何も言わず、凪が塚原と共に背を向ける。 奪い取られた時の感触が、まだ指先に残ってびりびりと痺れた。 「……どうしたの、理央」 公園のベンチに座り肩を落とす僕に、凪が声を掛けてくる。昼間の出来事なんて、もう忘れてしまったみたいに。 「元気ないみたい……」 隣に座り、間近で僕の顔を覗き込んでくる。 その距離の近さが、今は辛い。 自分の立場を守りたいのなら、もう僕に関わらなくたっていいのに…… ……あ…… もしかして、凪も…… 塚原と同じで……揶揄ってんのかな…… 罰ゲーム、だったりするのかな…… 友達だと油断した途端、いきなり手のひらを返したり……するのかな…… 「……ごめん」 「え……」 「学校で……声、掛けちゃって」 「……」 「もう……僕に構わなくて、いいから……」 凪から、視線を逸らす。 喉がギュッとしまって、苦しい。 やっとの事で絞り出した声は、少しだけ嗚咽が混じってしまい…… 「そんな事、言わないで……理央」 凪の、切なく震える細い声。 驚いて顔を上げれば、凪の綺麗な瞳が潤み、今にも泣き出しそうな顔をしていた。 「理央と、離れたくない」 「………なぎ……?」 「……ごめん、理央」 「………」 「学校では……優しくできない、僕で……」 「……」 凪の立場は、解ってる。 僕と仲良くしてるのを見られたら、凪も巻き添えになるかもしれないって。 ……ごめんね、疑って。 解ってるよ。 「……明日、一緒にクラゲを見に行こう」 長い睫毛を濡らした凪が、そう言って僕に柔く優しく目を細めた。
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