223人が本棚に入れています
本棚に追加
1
「好きや!」
「……は?」
その時店にいたすべての客が、大声で告白した男に釘付けになった。
愛の告白を捧げられたのは、このバーのママ、皆川弘海。ママといってもここはゲイバーなので、男である。
一度静まりかえった店内は、常連の客のひゅう、という口笛と、笑い声ですぐに賑やかになった。
「愛の告白!」
「熱烈~」
「おにいさん、面食いだね~」
客たちの冷やかしに反応もせず、その「告白男」はじっと弘海を見つめている。がっちりした体つきに無精髭、真っ黒で四方八方に跳ねているくせっ毛。両手を強く握りしめ、仁王立ちで立ち尽くす。弘海よりはいくぶん若く見える。
当の弘海はあんぐりと口を開けていたが、吸いかけの煙草を咥えると盛大に煙を吐き出した。
そしてひとこと、冷たく言い放った。
「……あんた、ノンケよね?」
その言葉に、楽しそうに笑っていた客たちが凍り付いた。
そして口々に、なんだよ、とか、冷やかしか、と呟く。
「ノンケ?」
「告白男」はきょとんと首を傾げた。また客たちがざわめく。
「まさか…ノンケの意味も知らないでここで飲んでたってわけ?」
半笑いの弘海の声は明らかに機嫌が悪い。しかし「告白男」はあわてる風もなくにっこり笑った。
「ノンケいうのはようわからんけど……俺あんた好きなんや」
「……だから」
弘海の眉が吊り上がる。
「冷やかしならお断りよ。ここはそういう人間たちの大事な憩いの場なの。知らなかったって言うなら今回だけ見逃してあげるわ。」
「ああ!そうか、ストレートって意味やな。でも冷やかしなんかやない。俺は本気で言ってるんやけど」
「…いいかげんにしてくれる?あたしノンケなんか興味ないの」
「俺はある」
「……てめえ」
弘海の口から男言葉が飛び出すと、周りの客たちがやばい、と呟いて椅子を遠ざける。
しかし「告白男」はむしろ嬉しそうに笑った。
「ママ、怒っても美人やなあ…」
がたがたと周りに人がいなくなる。弘海と「告白男」の周辺にぽっかりとスペースが空いた。
弘海は人差し指で男の額を刺した。
「早く出て行きな。血迷ったノンケにつき合うほど暇じゃねえ」
「告白男」は怯むどころか弘海の手首を掴んで、顔を近づけた。
「青戸 新」
「はっ?」
「俺の名前。ノンケやなくて、名前で呼んでや」
ぶち、とキレた弘海が殴りかかる前に、常連客があわてて羽交い締めにした。同時に「告白男」の新も押さえ込まれ、ずるずると店の外に連れ出された。
外に出されながらも、好きやあ、と叫び続けている。
新の声が遠ざかると、弘海のほうも少し落ち着きを取りもどした。
「なんだあいつ…っ…!めっちゃムカつく!」
「落ち着け落ち着け、ほら水割り」
弘海の友人、淵上 樹がぽんぽんと背中を叩き、グラスを差し出した。
弘海はグラスを受け取ると、ぐっと煽り中身を飲み干した。
「ほんと弘海はノンケ嫌いだな」
「ノンケが嫌いなんじゃなくて、ああいう勘違い野郎が嫌いなの!」
「でも、あのお兄ちゃん、マジな顔してたよ?常連だろ?」
「は?常連?違うわよ」
「俺何回か見てる気がするけど…」
「……うそでしょ…?」
弘海が新を常連だと気づかなかったのには、ふたつの理由があった。
ひとつは、今日の風貌が違ったこと。
弘海に告白してきた今夜、新はデニムにTシャツといったラフな格好をしていた。
1年以上前から店に来ていた新は、三揃いのスーツに眼鏡、くせっ毛はしっかりと撫でつけられ、まるで別人だった。必ず数人の男たちとグループで来ていた。樹がたまたま、その姿を覚えていたのだ。
そしてもうひとつは、弘海が最近、恋人と別れたばかりだった、ということだった。
最初のコメントを投稿しよう!