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「リニューアルオープンおめでと!」 (じゅり)はグラスを持ち上げた。淡いピンクのドンペリを大切そうに飲む樹を、弘海(ひろみ)は鼻で笑った。 「みみっちい飲み方ねえ」 「だってこんなの飲んだことない!うまぁ…」 「うちにだって一応あんのよ。あんたが知らないだけで」 「…ってこれ、青戸さんのボトルじゃないの?」 「いいのよ、好きなだけ飲んで」 樹は首だけ振り向いて、ボックス席で常連客と笑い合う(しん)を見た。 ヤクザ襲撃事件の後、3ヶ月の休業を経て弘海の店は以前よりもグレードアップして再開した。 オープンを待っていた常連客で一杯の今日は、カウンターもボックス席もびっしり埋まっていた。 「それで弘海、どうなった?」 「どうって?」 「つき合ってんだろ?」 「……いいえ?」 「え?」 「何よ」 「うそだあ」 「うそじゃないわよ」 「だって青戸さん…」 樹の視線の先には、満面の笑みで弘海に好き好き光線を発射する新がいた。光線は見事に樹を突き抜け、弘海に注がれている。 しらけた顔で弘海はため息をついた。 「……勝手に盛り上がってるだけよ」 「俺はてっきりくっついたんだと…だってこの店の修繕費、全部新さんが出したんだろ?」 「当たり前でしょ!誰のせいで壊されたと思ってんのよ!」 「明らかに前より設備が豪華になってるけど?」 「あいつがどうしてもそうしたいって言うから…あたしは何も言ってないわよ?」 「ふーん……それだけ?」 「……それだけ」 弘海はぷいと、新の視線に背を向けた。それを見た新はがっかりした様子もなく立ち上がり、カウンターにやってきた。 「じゅりちゃん、ひさしぶり!」 樹の横に腰を下ろし、新は嬉しそうににっこり笑った。 「新さん、顔にまた傷増えてるじゃないですか」 詳しいことを知らない樹が指摘したのは、深見にやられた切り傷だった。弘海は客の飲み物を作りながらちらりと新の頬を見た。新は顔の傷を撫でながら答えた。 「ああ、これ?格好ええやろ?勲章なんや」 「勲章?」 「愛する弘海と引き替えにな」 新が、むん、と胸を張った。樹と弘海は一斉に声を上げた。 「え?」 「はあ?!あんた何言ってんのよ!」 そっぽを向いていた弘海がカウンター越しに手をのばして新の襟首を掴まえた。 「変なこと言わないでよ!誤解されるじゃない!」 「え?ちゃうんか?じゅりちゃん、俺らな、やっと仲良くなってん」 「仲良しちゃうわ!樹、この男の言うこと真に受けないで!」 「えっと、弘海、移ってるよ、口調…」 樹に指摘されて弘海は慌ててばふっと口を押さえた。 新はにんまり笑って、な?と樹を見た。 「じゅりちゃんのおかげや、ありがとうな」 新が嬉しそうに言うと、急に襟首をぱっと離して弘海は樹を睨んだ。 「じゅりぃぃぃ……?」 「い、い、いや、俺は何も、してない、です、よ?」 「何怒ってんねや?弘海?」 「お前ら…グルか!」 もう一度新の襟首を掴み直し、弘海は額がぶつかる直前まで顔を近づけた。 眉をつり上げた弘海が言葉を発する前に、新はぶちゅうとその唇を奪った。 客たちが、おおっとどよめく。 「んんん…っ!!」 引き剥がそうとする弘海の頭を新はがっちりホールドした。もがいても暴れても新の力の方が強く、やんやとはやしたてる客の歓声の中、ふたりのキスシーンはしばらく続いた。 「はっ、離せこのエロヤクザ!」 「もうヤクザやあらへんよ?照れんでもええやん♪」 「照れてないわ!」 カウンターを挟んでぎゃあぎゃあ言い合うふたりは、店の名物になりつつあった。 残りのピンクのドンペリを大切に飲んでいた樹は、新の顔を押しのける弘海の胸元にきらりと光るものを見つけた。 プラチナの、華奢なチェーンネックレス。鎖骨が目立つ弘海の首によく似合っていた。 そこに、同じくプラチナの細い指輪が通されている。 樹は、新と言い合う弘海の左手をちらりと見やった。 取れなくなってしまったと言っていた薬指の指輪はそこにはなく、痕だけが残っていた。 弘海に襟首を捕まれた新の首にも、何か光るものが。 弘海のよりは少し太めの、プラチナのチェーン。 体格のいい新には、ちょうどいい太さだった。 「……素直になればいいのに」 樹はひとりごとを言って、くすりと笑った。 「何か言った?」 新を撃退した弘海が戻ってきて、樹の顔をのぞき込んだ。樹は学生時代からの大切な親友に、微笑みかけて言った。 「別に?」 リニューアルオープンした弘海の店は、この日、前オーナーの名前を冠した「Rick」から、「真珠」に名前を変えた。 立ち退きを求めるヤクザは二度と来ることはなかった。 賑やかに飲み話す客が座る全ての席に、一輪ずつ、青い薔薇が活けられている。 「弘海ぃ、お話しよや~」 「あんたはいちいち触るなって言ってんのがわかんないの?!樹、黙ってないで助けて!」 「もう諦めたら?お似合いだよ?」 「ほらほらお似合いやって!」 「うるさいっ!あーもう、ケツ触んな!」         完
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