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13
「リニューアルオープンおめでと!」
樹はグラスを持ち上げた。淡いピンクのドンペリを大切そうに飲む樹を、弘海は鼻で笑った。
「みみっちい飲み方ねえ」
「だってこんなの飲んだことない!うまぁ…」
「うちにだって一応あんのよ。あんたが知らないだけで」
「…ってこれ、青戸さんのボトルじゃないの?」
「いいのよ、好きなだけ飲んで」
樹は首だけ振り向いて、ボックス席で常連客と笑い合う新を見た。
ヤクザ襲撃事件の後、3ヶ月の休業を経て弘海の店は以前よりもグレードアップして再開した。
オープンを待っていた常連客で一杯の今日は、カウンターもボックス席もびっしり埋まっていた。
「それで弘海、どうなった?」
「どうって?」
「つき合ってんだろ?」
「……いいえ?」
「え?」
「何よ」
「うそだあ」
「うそじゃないわよ」
「だって青戸さん…」
樹の視線の先には、満面の笑みで弘海に好き好き光線を発射する新がいた。光線は見事に樹を突き抜け、弘海に注がれている。
しらけた顔で弘海はため息をついた。
「……勝手に盛り上がってるだけよ」
「俺はてっきりくっついたんだと…だってこの店の修繕費、全部新さんが出したんだろ?」
「当たり前でしょ!誰のせいで壊されたと思ってんのよ!」
「明らかに前より設備が豪華になってるけど?」
「あいつがどうしてもそうしたいって言うから…あたしは何も言ってないわよ?」
「ふーん……それだけ?」
「……それだけ」
弘海はぷいと、新の視線に背を向けた。それを見た新はがっかりした様子もなく立ち上がり、カウンターにやってきた。
「じゅりちゃん、ひさしぶり!」
樹の横に腰を下ろし、新は嬉しそうににっこり笑った。
「新さん、顔にまた傷増えてるじゃないですか」
詳しいことを知らない樹が指摘したのは、深見にやられた切り傷だった。弘海は客の飲み物を作りながらちらりと新の頬を見た。新は顔の傷を撫でながら答えた。
「ああ、これ?格好ええやろ?勲章なんや」
「勲章?」
「愛する弘海と引き替えにな」
新が、むん、と胸を張った。樹と弘海は一斉に声を上げた。
「え?」
「はあ?!あんた何言ってんのよ!」
そっぽを向いていた弘海がカウンター越しに手をのばして新の襟首を掴まえた。
「変なこと言わないでよ!誤解されるじゃない!」
「え?ちゃうんか?じゅりちゃん、俺らな、やっと仲良くなってん」
「仲良しちゃうわ!樹、この男の言うこと真に受けないで!」
「えっと、弘海、移ってるよ、口調…」
樹に指摘されて弘海は慌ててばふっと口を押さえた。
新はにんまり笑って、な?と樹を見た。
「じゅりちゃんのおかげや、ありがとうな」
新が嬉しそうに言うと、急に襟首をぱっと離して弘海は樹を睨んだ。
「じゅりぃぃぃ……?」
「い、い、いや、俺は何も、してない、です、よ?」
「何怒ってんねや?弘海?」
「お前ら…グルか!」
もう一度新の襟首を掴み直し、弘海は額がぶつかる直前まで顔を近づけた。
眉をつり上げた弘海が言葉を発する前に、新はぶちゅうとその唇を奪った。
客たちが、おおっとどよめく。
「んんん…っ!!」
引き剥がそうとする弘海の頭を新はがっちりホールドした。もがいても暴れても新の力の方が強く、やんやとはやしたてる客の歓声の中、ふたりのキスシーンはしばらく続いた。
「はっ、離せこのエロヤクザ!」
「もうヤクザやあらへんよ?照れんでもええやん♪」
「照れてないわ!」
カウンターを挟んでぎゃあぎゃあ言い合うふたりは、店の名物になりつつあった。
残りのピンクのドンペリを大切に飲んでいた樹は、新の顔を押しのける弘海の胸元にきらりと光るものを見つけた。
プラチナの、華奢なチェーンネックレス。鎖骨が目立つ弘海の首によく似合っていた。
そこに、同じくプラチナの細い指輪が通されている。
樹は、新と言い合う弘海の左手をちらりと見やった。
取れなくなってしまったと言っていた薬指の指輪はそこにはなく、痕だけが残っていた。
弘海に襟首を捕まれた新の首にも、何か光るものが。
弘海のよりは少し太めの、プラチナのチェーン。
体格のいい新には、ちょうどいい太さだった。
「……素直になればいいのに」
樹はひとりごとを言って、くすりと笑った。
「何か言った?」
新を撃退した弘海が戻ってきて、樹の顔をのぞき込んだ。樹は学生時代からの大切な親友に、微笑みかけて言った。
「別に?」
リニューアルオープンした弘海の店は、この日、前オーナーの名前を冠した「Rick」から、「真珠」に名前を変えた。
立ち退きを求めるヤクザは二度と来ることはなかった。
賑やかに飲み話す客が座る全ての席に、一輪ずつ、青い薔薇が活けられている。
「弘海ぃ、お話しよや~」
「あんたはいちいち触るなって言ってんのがわかんないの?!樹、黙ってないで助けて!」
「もう諦めたら?お似合いだよ?」
「ほらほらお似合いやって!」
「うるさいっ!あーもう、ケツ触んな!」
完
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