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「青戸さん?」
臨時休業、という札が下がった木製の古いドア。
新とのことがあった翌日、めずらしく弘海は店を開けなかった。
店の前で呆然と立ち尽くす新に声をかけたのは、弘海の友人、樹だった。
「じゅりちゃん!」
「どうしたんですか、今日、休みですよ?」
「いや、その…じゅりちゃんこそなんで?」
「俺は弘海に頼まれて、郵便物を取りに…っていうか、その顔…どうしたんです?」
樹は昨晩の事件を知らなかった。新はぽりぽりと頭を掻いて、いやあ、と言葉を濁した。しかしすぐに、じゅりちゃん、と言いながらがっちりと手を握った。
「へ?」
「相談にのってくれへんか!今回はマジや、大マジ!」
「は…はあ…」
ふたりはその後連れだって、近くのバーに向かった。
「と…いうわけで。文字通り追い出されたという訳や」
「……あの、大事なこと、抜けてません?」
「え?」
「その…チンピラと青戸さんの関係は、どうなってるんです?」
「前に言わんかったっけ?仕事は辞めたんよ」
「その仕事って…」
「ああ、そゆことか…まあ、カタギではなかった、ってことだけど…もう関わってないで?」
「…関わっちゃってません?だってその土地の持ち主、青戸さんになってたんですよね?」
「そこなんよなあ…なんでかなあ…」
「わかってるんでしょ?」
「………」
「切れてないってことなんですよね?向こう側の人たちからすると」
「みたいやなあ…」
テーブルにどさりと頭を載せて、新は大きなため息を吐いた。
樹はまわりをきょろきょろと見渡した。すると、新がうつ伏せのまま言った。
「心配せんでも、今はコワイ奴らはおらへんよ」
「えっ」
「一応チェックして入ったから」
「ばりばり関わってるじゃないですか」
「はは、せやなあ」
「せやなあ、じゃないですって…あの店、やっぱり潰す気ですか?」
「ちゃうねん!あれは俺やない…勝手に名前使われただけや。もしかしたらあの書類もでっちあげかもしれんしな」
「じゃあ大丈夫なんですね?」
「もちろんや!弘海ちゃんの大事な店やから、俺が命に代えても絶対に守るわ。……に、してもや」
「にしても?」
新は両頬を押さえてテーブルに肘をついた。
「もしこんなことがなかったとしても……どうして俺は弘海ちゃんに嫌われるんやろ…」
「嫌われる?」
樹はピーナッツをぼりぼり噛み砕きながら、首を傾げた。
新は激しくうなづきながら、テーブルに身を乗り出した。
「だって…いつまでたっても『あんた』呼ばわりだし、デートしてくれへんし」
「え?でも、もうヤってますよね?」
新はあんぐり口を開けて樹を見たが、がばっと両手で顔を覆った。
指の隙間から見え隠れする真っ赤な新の顔に、樹は心底不思議そうに尋ねた。
「どうしました?」
「じゅりちゃん知ってんねや…なんや恥ずかし…」
もう一つピーナッツを放り込みながら、樹はぽん、と手を打った。
「そっか、青戸さん、ノンケっすもんね。男は弘海が初めてでしたっけ……あれ、でも、確か弘海がネコ…」
「うわあぁぁっ」
新はあわてて樹の口を押さえた。
「ど…どうしてそんなにあけすけなんや?」
「弘海とは学生時代からのつき合いですからね。何でも話すんで」
「そ、そんなもん?」
「そんなもんです。青戸さんとのことは確かに一回ヤっちゃえば諦めると思って手を出したみたいですけど。ウザがってたし」
「ウザ…」
「あ、最近はそんなことなかったですよ。本人は認めなかったけど」
「…なんや泣きたくなってきた…」
「いやいやそんな落ち込むことないですって。自覚が無いだけで、弘海は青戸さんのこと気になってますよ、多分。ただ…」
「ただ?」
「そのチンピラの件でリセットされちゃったかも…」
「ですよねえぇぇぇぇ……」
新は自分もピーナッツをつまみ、口に運んだ。もぐもぐしながらテーブルの上のシミをじっと見つめる。
「俺…最悪、弘海ちゃんに出禁食らっても、あの店だけは守りたいんや」
樹は新のうつむいた顔をのぞき込んだ。新と目が合うと、樹はにっと笑った。
「純愛ですねえ」
「からかわんといてや…」
「うん、青戸さんならイケるかもなあ…」
「何が?」
樹は急に真面目な顔をして言った。
「青戸さんも見てたと思うけど、弘海は…かなり無理をして前の恋人と別れてるんです。あの傷を癒せるのは、青戸さんぐらい強引な方がいいかもしれない…」
「え、俺ってそんなに強引?」
「え、自覚ないんですか?」
ふたりは顔を見合わせ、同時に吹き出して笑った。
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