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礼拝堂の悪魔(5)
頼まれたのは、高等部の事務室への届け物だった。高等部へ行くには、東側にある中等部の正門をいったん出なければならない。そして、そこから外の公道を通り、西側にある高等部の正門から入るのだ。
歩きながら頭上に目をやると、学園のぐるりを取り囲む塀の内側から、桜の木が枝をあちこちに伸ばしているのが見えた。
少し前まで、薄紅の花びらがまるで雪のように地面を覆い隠していたものだ。しかし今では、とうに花の時期を過ぎ、木々は緑の葉をたっぷり蓄えた枝を、元気よく天へ突き出している。
まだ中等部の施設配置も覚束ない七春は、構内地図を頼りに目的の建物を目指した。
高等部の正門まで来たところで、見知らぬ男性に声を掛けられた。
「失礼。こちらの学園の職員の方でしょうか。少々、道をお尋ねしてもよろしいですか」
七春は、自分の首に掛けられた、この学園の紋章入りのネームプレートに目を落とした。そしてすぐに、男性をまじまじと眺めた。
見るからに仕立てのしっかりした三つ揃のスーツ。その上に羽織った、シルエットのきれいなフロックコート。洒落たネクタイの端を、高価そうなネクタイピンで押さえているのがちらりと見えた。コートと揃いの布でできた中折れ帽子を右手で胸に押さえ持つその姿は、「紳士」と呼ぶのに相応しいように思えた。顔は鷲を思わせる、少し日本人離れした顔をしていた。
――今どき珍しいな、こんな人――
男性をちらりと見やってそんなことを考えながら応えた。
「ええ。構いませんが……どちらへ?」
「中等部の正門へは、このまま真っ直ぐ進めばよろしいのでしょうか」
「ああ、はい。この塀に沿って歩いていけば、右手に見えてきますよ」
正門の方を指し示しながら応えると、男性は会釈をして去っていった。七春も踵を返して、高等部の方へ歩きだした。
高等部の正門を通ったところで、男性にひとつ伝え忘れていたことがあるのに気が付いた。学外の人間が構内に用事のあるときは、事務室で入構許可をとらなければならないのだ。
―—まあ、いいか―—
今どき、一部の公立大学などを除けば、ほとんどの学校で入構時に身分証の提示と入構許可証の携帯とが義務化されている。わざわざ教えるほどのことでもないだろう。
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