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礼拝堂の悪魔(9)
夕方、まっすぐにあの礼拝堂へと向かった。人気がないのを確認してからロープをくぐり抜け、石段を上る。古めかしい木の扉を開けると、古い本特有の匂いと、何かが燃えるような煙くさい臭いとが鼻を突いた。
「ごめんください。……西王寺風花さん、いませんか」
そう言いながら奥へ進んで行くと、頭上から声がした。
「あら、ほんとにまた来たの。今日は何の用?」
西王寺風花の声だった。バルコニーの方を見上げてみたが、少女の姿はなかった。声のした方に向かって言う。
「前にここへ来たとき、入り口の近くでネクタイピンを拾ったんだ。多分、天道さんって男の人のだと思う。持って帰ったまま、今まで忘れてたんだけど……君に頼むのが一番確実かなと思って。天道さんに返しておいてくれないかな」
「あ、それ。少し前に天道さんから問い合わせがあったから、送り返しておくわ。……今、ちょっと手が離せないの。こっちまで上がって来てくれない?」
「ああ……。ちょっと待って」
七春は螺旋階段を上がった。バルコニーへ上がってみると、少女が例の円卓の前に座ったまま、作業をしていた。卓上には、煙を放つ手のひら大の貝殻とカードとが置かれている。貝殻から出る煙を、手にした鳥の羽根で扇ぎ、カードの束に送っているようだった。
「何してるんだ?」
七春が尋ねると、少女は顔も上げずに応えた。
「これ? カードの浄化。あ、ネクタイピン、そこに置いといて。……ありがとう」
卓上の、少女に示されたところにネクタイピンを置いて、立ち去ろうとした。しかし次の瞬間、ふと閃いて、振り返った。
「なあ、占いで人探しってできるかな」
少女が手を止め、七春の顔を見つめた。
「そういうのって警察や興信所の領分でしょ。……どうしたの?」
「俺の彼女が――元だけど――今、行方不明でさ。せめて、無事なのかだけでも知りたいんだ。できたら会って話しをしたい」
七春から自分の手元へと少女は視線を戻した。しばらくの間黙り込んだままだったが、やがて言った。
「私、みるのは一日一人って決めてるの。それを抜きにしても、今のあなたを占うことはできない」
「どうして?」
すると少女は、卓上のカードの束を手に取った。そこから三枚のカードを抜き出し、卓上に広げる。一枚目は、ローブらしいものですっぽりと全身を覆った老人がランタンを手に佇む図、二枚目は、雷雨を背景に、三本の剣を突き立てられたハートが浮かんでいる図、そして三枚目は、雷が直撃している塔の天辺から男が真っ逆さまに落ちていく図。一枚目だけ七春から見てカードが逆さまになっていた。
「これが、今のあなた」
「どういう意味?」
「今、あなたが菊池芽衣さんと会っても不毛に終わるだけってこと」
「どうして芽衣のことを知ってるんだ?」
「ナイショ」
問い詰めようと少女に近づこうとした途端、黒犬が牙を剥きだして七春ににじり寄ってきた。不穏なものを感じて思わず後じさりした。
「守秘義務ってやつ。悪いけど、今日はもう帰って」
そう言って七春を見た少女の顔には、貼りついたような微笑み以外、何の表情も読み取れなかった。突然、彼女が何か、人間の営みを超越した存在のように感じられてぞっとした。
敵意の籠った黒犬の眼差しに追い立てられるようにして、礼拝堂を後にした。様々な疑問が頭の中で渦をなしていた。
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