礼拝堂の悪魔(2)

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礼拝堂の悪魔(2)

 中等部、高等部ともに、風露学園はかなりのマンモス校といえた。中等部の生徒数は約七百人、高等部は約八百人。この少子化のご時世に、私立の学校でこれほどの規模を保っているのは奇跡といえる。  少し離れた所には附属の幼稚園と小学校、短大もあるというのだから、経営者に余程の経営手腕と経済基盤とがあるのだろう。  学園は町を見下ろす小高い丘に位置していた。その天辺中央に聳える、時代がかった煉瓦造りの時計塔がこの学園のシンボルだった。それを挟み、南に面した緩やかな斜面の東側に中等部、西側に高等部が配置されている。  中等部と高等部とは高い柵で隔てられ、運動場やプール、寮や食堂など、全て高等部と中等部とで専用のものが用意されていた。事務も分かれていて、七春は中等部所属の事務員となるのだ。  地方の公立中学、そして高等学校出身の七春にとっては、何もかもが目新しかった。建物はいずれも古風な煉瓦造りで、歩道には洒落たデザインのタイルがあちこちに敷き詰められている。よく手入れされた、紅葉するタイプの街路樹や、ツツジやサルスベリなどの園芸低木がそこかしこに植えられていた。  自分の母校の殺風景なコンクリート校舎や、アスファルトで舗装された地面、ほとんど枯れかけたオシロイバナのプランターが玄関先に置かれていた光景などを想い起こしながら、もの珍しく構内を見物して回った。  学園の創設者がキリスト教に傾倒していたそうで、敷地内には礼拝堂が設けられている。もっとも生徒のほとんどは仏教徒らしく、普段この礼拝堂を利用する生徒は稀だという。  ひととおり敷地内を見て回った七春は、敷地内の一角にある、古ぼけた小さな礼拝堂の前を通りかかった。長い石段を上がりきったあたりから、木々に取り囲まれた白亜の尖塔がこちらを見下ろしている。  北倉によると、ここは学園ができたときに建てられたもので、老朽化が進み、今は立ち入り禁止になっているという。北倉の言葉どおり、階段の登り口には立ち入り禁止の札がかけられ、ご丁寧にロープも張られている。  そのまま素通りしようとしたが、物音が聞こえて立ち止まった。振り返り耳を澄ましてみると、それは旋律を持った楽器の音色らしかった。オルガンだと、はたと気がついた。  少し迷った後、礼拝堂の方へと歩き出した。慣れない場所での不安や恐怖よりも、好奇心が勝っていた。 ――ハルってさ、変なとこで子どもみたいなことするよね――  去年彼女から言われた言葉をふと思い出して、なんとなく気恥ずかしさを覚えた。しかし、歩みは止めなかった。  オルガンの音はすぐに途絶え、中からは何の物音も聞こえない。こんな廃墟のような建物の中に人がいるとは思えなかった。幽霊か何かの仕業かもしれない、などと考えて、自分の幼稚な考えに苦笑してしまった。しばらく躊躇ったが、ロープを踏み越え、階段を上っていった。
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