礼拝堂の悪魔(2)

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 そっと礼拝堂の扉を開け、中の様子を伺った。 「ごめんくださーい」  返事がないことを承知の上で頼りない声を投げかける。子どもの頃に何かの本で、お化けは大きな音や声を出すと逃げていくと読んだことがあった。それ以来、なんとなく嫌な感じのすると所では、誰もいなくても、わざとノックをしたり声を出したりするようにしている。  子どもじみた「おまじない」ではあったが、幼少期に極度の怖がりであった七春にとっては、藁にもすがる思いだったのだ。そして大人になった今でも、ほとんど無意識にやってしまう癖と化していた。  礼拝堂の中は思いの外に明るく、外の喧騒が嘘のように静まり返っている。  整然と並んだ飴色の座席、色とりどりのステンドグラスから差し込む明るい光、一面漆喰で塗りかためられた白い壁と天井。奥の壇上には、向かい合わせに作りつけられた二つの演説台と、年季の入ったオルガン、そして真正面の壁には大きな十字架が見えた。  洋の東西を問わず、宗教にも宗教美術にも一切興味のない七春も、思わず見とれてしまうような何かが、その空間にはあった。  午前中に見た、ここより大きくて新しい礼拝堂を想い起こす。十数年前に建てられたというその礼拝堂はきれいな建物であったが、どこか冷え冷えとして、取り繕った感じのあるものだった。  一方この礼拝堂は、至る所に埃を被ったクモの巣が張られ、壁や床の所々に傷や剥げが見える。しかし、なんとも言いがたい、柔らかさや温かみがあった。  入り口側の壁を埋め尽くす書棚や、入り口付近にだけ取り付けられた板張りの低い天井、壁際にある細い木の螺旋階段、といったものたちが、子どもの頃友人たちと夢想した、秘密基地を連想させたためかもしれない。こちらの方が、不思議と「神の懐」とでも呼ぶべきものに近いような気がした。  軋む板張りの床を恐る恐る踏みしめながら、奥へと進んだ。 「金目のものならここにはないよ、おじさん」  不意に頭上から声が聞こえて、ぎょっとした。 振り仰ぐと、バルコニーのようなところから、長い髪を垂らした人影が、身を乗り出してこちらを見下ろしていた。
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