帽子の時代

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 思いを馳せる礼香のもとへ、半世紀を経た写真の少女が母となって裏庭から戻ってきた。 「あら、写真見つけたの? 兄が写ったものは母が失意のあまり全部燃やしちゃったと思ってたのに、残っていたなんて……」  しかし一枚を手に取った母は、「これ、兄さんじゃないわねえ、誰だったかしら」と呟いた。 「写真のおかあさん、なんでどれを見ても帽子かぶってるの? 真夏でもなさそうなのに」  笑う礼香をよそに、喜びから戸惑いへと転じた母の声は急激に消え細っていく。 「この女の子も私じゃないわ。父さんも母さんも違うし、景色にも覚えがない。何なのこの写真、どこでこれを」  その瞬間、すぐそばで聞こえるはずのない息づかいがした。思わず礼香は、母と目を見合わせた。  (はや)る気持ちを抑えつつ、写真の箱があった押し入れの前に脚立を立てる。  さっき閉めたばかりの(ふすま)をひと思いに開け放すと、同じ目線の高さで、真っ白い髭をたくわえた老人の眼球がぬらりと鈍い光を放った。 「なんでどれも帽子かって? 洋装には帽子を合わせるのが決まりだ。でないと、みっともないだろう?」  家も職もすべてを失った末、この空き家に棲みついた一人の老人は不敵に笑う。  彼が良き時代の名残を惜しむように持ち込んだ写真の中で、見知らぬ少女が幸薄い笑みを浮かべていた。
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