片思いだった僕の背中を押したのは

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 金曜の昼下がり、オフィスの休憩コーナーで僕こと、吉田祐二(28)は、だるそうに佇む桜井睦美(29)先輩に詰め寄った。 「先輩、見合いをするから休暇を取るという噂は本当ですか?」  どっから聞いたのよ、と呆れ顔をしながら、 「本当はイヤなんだけどそろそろ潮時かなって。夢見るような年でもないし、親も安心させたいし、よほど気に入らない人じゃなければ決めちゃおうかなって」  始業時間が近く人気がなかったせいか先輩は随分とあけすけな返答をした。 「そ、そんなの、ダメですよ!」 「どうしたの急に。あ、わかった。身内の方で望まない結婚をした人でもいたのかしら? 心配してくれてありがとう。大丈夫よ。家事は出来るから」 「そういう話じゃないです。 あ、あの、出発前で忙しいとは思いますが、ぼ、ぼぼ、ぼくと」 「もしかして、壮行会やってくれるとか? うふふ、いいわよ。じゃ、今からお店の予約しましょうか。 何が食べたい? 私はなんでもいいけど」 (そうやって、いつも自分の希望を握りつぶしてきたから一人だったんじゃないんですか?)  うっかり僕は心の声を口にしていたようだ。 「え? 何か言った?」 「いや、なんでもないです。じゃあ、こことかどうですか?」  僕はスマホの画面を見せながら「日時はいつがいいですか?」と訊ねた。 「貴方がよければ今晩でもいいわよ。丁度明日は休みだし」 「分かりました。ほい、ほいっと。はい、予約完了です」 「ありがと。じゃ、6時に駅の改札で落ち合いましょ」 「了解です」僕は先輩にわざとらしく敬礼した。  宵の口、駅で合流した僕らは予約をしたカジュアル割烹に入った。  ――さあ、ここから僕のターンですよ。先輩。  個室に通されるとすぐ目に入る大きな生け花。スマホの画像で見るよりも、ずっと豪華でオシャレな部屋だった。内装に圧倒されたのは僕だけでもなく。 「えっと……この店、個室なんてあったかしら」 「ええ。最近改装して出来た部屋なんですよ」  コートを脱ぎながら答えた。いつかこの店に先輩を誘ってみたくてチェックしてて偶然知っただけなのだが。 「どうしたの、そのかっこ」僕を見て唖然とする先輩。「三つ揃えなんか着ちゃって」 「ええ。お見合いですから」 「誰の?」 「僕と、先輩のです」 「!?」  先輩は大きな目をさらに見開いて、僕をじっと見た。  そんなに目を開けたらおっこっちゃいますよ、センパイ。 「さっき言ってましたよね。お見合いの相手、よほど気に入らない相手でもなければ決めてしまおうって。――僕は先輩にとって、よほど気に入らない相手に相当しますか?」 「え? えと、あの……ちょ、ちょっとまって、こ、心の準備が」 「だって現地で即決するつもりだったのでしょ? ここがロドスです。ここで飛んでください」 「ちょ、ちょっと……わたし気が動転してて……まった、タイム、なにか飲ませて」 「往生際の悪い。まったく仕方のない先輩ですねえ。料理はずっと後にまとめて出て来るんで、これでいいですか?」  僕は飲みかけのペットボトルの水を差しだした。 「あ、それでいいから、ちょうだい」  彼女は僕からボトルを奪い取ると一気に飲み干した。 「うふふ、間接キスですね、センパイ」僕はほおづえをしながら言った。 「え? やだもう高校生みたいなこと言って」 「落ち着きました? じゃあ、答えて。むっちゃん部長?」 「へ? どうして君がそれを? え? え? 誰?」 「僕が質問しているんです。それに答えてくれたら、教えてあげますよ」 「ふう、ズルい人ね。……わかったわ。君に即決します」  昼間みたいな呆れ顔で応えてくれた。 「やった! ここまで追いかけてきた甲斐があった」  僕は黒縁メガネかけて髪をがしゃがしゃした。さすがにこれで。 「あ! わかった! 地味で無口な後輩が、こんな長身イケメンに豹変してたら分かるわけないじゃない!」  地味ってひどいな。後は全部正解だけどさ。 「気付いてくれない先輩もたいがいだけど、僕も人のこと言えた義理じゃないですよ。高校、大学、就職先とずっと追いかけてきて、ロドスはいつも足元にあったのに、僕は飛ばなかった。キッカケをくれたご両親に感謝しなきゃ。 あは、キモいですよね。ずっと黙って追っかけて来てたなんて」  さすがに先輩は引いていた。 「ちょっとね。でも。吉田君は、 『よほど気に入らない相手』でもないから。だから。 よろしくお願いします」  むっちゃん元部長は、ぺこりと頭を下げた。 「僕、ここに来る前に午後半休と来週の休暇の申請してきたんです。 一緒に行ってもいいですよね。――婚約のご報告に」  僕は婚約指輪を差し出した。 「それもここに来る前に買ったの?」 「ナイショ」  高校時代の後輩の顔で、僕はそう言った。
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