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9 鬼の目にもリジー
初仕事の翌日から毎日リジーは朝早く出勤している。
いつも一番乗りだ。あいにく店の入口の鍵が開いてないので、鍵を持っているシルビア、マリサかカイルを待つことになる。大概最初に来るのはカイルだった。
今日もドアの外で待っていると、カイルが出勤してきた。
「おはようございます。カイルさん!」
思いのほか大きな声が出た。朝は気分が良い。
「おはよう……今日も朝から無駄に元気がいいな」
カイルに皮肉っぽく言われたが、最初の頃のようにおはようの一言だけではないので、良しとする。
リジーはまだ静かな店の中を見て回り、わからないことや疑問に思うことを必死にメモする。
とにかく早く仕事を覚えたかった。
その日、倉庫の在庫を眺めていると、カイルの方から初めて声を掛けられた。
「おまえ、俺が出勤する時間がわかっただろ。俺を待たずに済む時間に来たらどうだ。外で毎日待つ必要もない」
リジーはぽかんとして、言われている内容を理解するのに一拍遅れた。
「いえ、時間がある時はこの辺りの住宅地を散策してるので、全然大丈夫です。家並みを見るのが大好きなんです」
「へえ、変わったやつだな」
カイルはそれだけ言うと、すぐにその場からいなくなった。
リジーは朝の散歩と称して、カイルが来る時間まで<フォレスト>周辺の住宅を見て回っていた。インテリアは好きだが、家や家並みを見るのも大好きだった。1階建ての家、2階建ての家、ガレージ付きの家、屋根や窓の形も様々、庭のフェンスや植栽、玄関先に飾ってある小物や置物、家々の個性はいくら見ても飽きることはなかった。
リジーは年の近いスーザンとはすっかり打ち解けていた。
「リジー、帰りにご飯を一緒に食べて行かない?」
「いいよ」
今日も仕事帰り、スーザンに誘われて、簡単な食事もとれるカフェに来た。
スーザンもひとり暮らしで、聞くと、リジーのアパートメントから歩いて20分くらいのところに住んでいるとのことだった。
カフェは人であふれていた。静かな住宅地も良いが、街の喧騒も活気があって、嫌いじゃなかった。
「この街はこれからハロウィーンイベントに向けてさらに活気が出るわよ。仮装パレードもあるしどこの店の装いもかぼちゃカラーになるしね。31日は、ベイサイドで大きなパーティが毎年あるのよ。ベイサイドの方へは、もう行ってみた?」
「まだ行ってない」
「そう。ヨットハーバーが数多くあって、イルミネーションのきれいな野外カフェとかもあるし、デートにおすすめよ」
「うん」
(まず、デートする相手がいませんから……)
リジーは運ばれてきたチョリソーのピザにさっそくパクついた。
焼きたてのピザはチーズの風味が美味しい。
リジーがパクパク食べている横で、スーザンは大きな口を開けて一切れをあっという間に食べきった。
「そうそう、ハロウィーンの仮装パレードは、企業や商店も参加するのよ。だから、毎年規模がすごくて沿道には人も溢れるし一大イベントなの。<フォレスト>も毎年参加するのよ。昨年は私が担当だったんだけど、今年はリジーが指名されるかもね」
「え!? 私が?」
「うちの店は人手不足だから、パレードに人手を割けないの。基本ひとりでやらされるから。昨年も自分のつてでなんとかしてと言われて……。私は彼と友達に頼んで一緒にパレードに参加してもらったの。もちろん店からは協力料を払うし、仮装の衣装代金も店持ちよ。友達はアルバイト感覚でやってくれたら、助かった」
「そうなんだ。昨年は何の仮装をしたの?」
「良いアイディアが浮かばなくて、<スターウォーズ>よ。でも人気だったから、よそとかぶりまくり」
「仮装は大変そうだけど、なんだか楽しそうだね!」
「うん、楽しかった!! もし、協力してくれる人がいなかったら、私が手伝ってあげるから」
「ありがとう、スーザン。心強いよ。私、越して来たばかりで友達いないし」
「私、実は洋服を作るのが趣味なのよ。仮装の衣装が必要なら任せて」
スーザンの目がギラギラ輝いた。
「すごい! もしパレードの担当に指名されたら相談するね」
基本、お祭り的なイベントは好きなリジーだった。
「ところで、リジーはボーイフレンドいるの? 地元の方にいるとか?」
突然話が変わって、リジーは目を泳がせた。
「う……。えっと、私は見た目がこれで、年より若く見られるから、ハイスクールの時も子供扱いされてて男の子には相手にされなかったんだよね。だから、誰ともお付き合いしたことないというか……」
「そうか、リジーは色気よりかわいいタイプだもんね。見事な童顔だしね。少し肌を露出する服を着るとか」
「む、無理無理無理っ! この体型だよ?」
「ヘップバーンも真っ青なスレンダーボディだもんね。しかも身長もないし」
「……」
「よくうちに採用されたよね」
(スーザン、何気にえぐってくれますね)
食べているピザが喉に詰まりそうになる。
「シルビアさん、疲れてたのかな。魔が差したとか」
「……」
(魔が差して採用だったの? 私~!?)
「リジーは、可愛い癒し系だよね。心なしかあの鬼みたいに強面のカイルがリジーを見る目が優しいし」
「え、嘘……。いつも睨まれてるよ」
「でも、カイルに怯えてないよね」
「いえ、普通に怖いですけど」
「へえ、そうは見えない。ちゃんと会話してる」
「そりゃ、同じ職場の人だし」
「ふふ、私今までカイルが休憩室のサーバーのコーヒーを飲んでる所、見たことなかったんだ」
スーザンがそこでニヤッとした。
「? たまに飲んでるみたいだけど。私は見かけるよ」
「今度見かけたらよく顔を観察してみて。すんごいしかめっ面して、まずそうに飲んでるから」
「う、うん」
(何か……あるの?)
「しかし、リジーは小さくてちょこまか動くし、髪の毛は天然ふわふわゆるカールだし、薄茶の目はくりくりしてて……リスみたい」
頬杖をついたスーザンが、リジーを観察しながら笑顔で言ってくる。
「よく言われる……」
リジーはふーっとため息を吐くと、カップに残っていたコーヒーを飲みほした。
(絶対褒めてないよね)
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