君だから

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              プロローグ 「あの……」 「えっ」  岩井慎二(いわいしんじ)が1階の渡り廊下でぼーっと校庭を眺めていると、ふいに横から声がした。    渡り廊下は、溝落ちくらいの高さの塀があるだけで、吹き抜けになっている。夏は、中庭から校庭へと吹き抜ける風が心地いい。数ある中で、一番のお気に入りの場所で、昼休みや放課後の待ち合わせで、ここでぼーっとすると落ち着くのだ。  慎二は、4時間目の授業が終わるとすぐに、クラスメートへの合図もそこそこにこの場所を目指した。期末テストも終わり、今日から、短縮授業なのだ。 「やった!誰もいない」自分だけの特等席を陣取ると背伸びをした。風が心地よく髪を舞い上げた。  夏の日差しが厳しく照りつける校庭を涼しげに眺めなら、渡り廊下の塀に両腕を乗せ、寄りかかるようにして親友の早川優斗(はやかわゆうと)を待つ。 そのとき、不意に、声がした方を振り向くと、ひとりの女子高生が申し訳なさそうに立っていた。  気持ちいいひとりの時間を邪魔され、慎二は、少しムッとしかけたが、女子高生の態度に、すぐに治った。 「あの……、優斗先輩にこれを…… 」女子高生から一通の手紙を差し出された。 「ああ……、手紙? 自分で渡した方が、いいと思うけどな……」 「お願いします!」  頭を深々と下げられ、慎二は、仕方なく受け取るしかなかった。女子生徒は手紙を渡すとすぐに猛ダッシュで校舎の方へ駆けて行った。  いっせいに鳴くセミの声が一段と大きくなった気がする。 「はあ、またか……」  慎二は、うんざりといった気持ちで、渡された手紙をズボンの右ポケットに突っ込もうとした。  手紙は、かなり厚みがあった。メールやラインの時代、いまどき手紙は珍しいが、優斗の連絡先を知らない子は、手紙という古風な手段を取るしか気持ちを伝える方法がないのかもしれない。  しかし、自分がいつも優斗への橋渡しを頼まれるのは面白くない。 「直接渡せっつの……」  優斗は、早明高校のバスケ部エースで高校2年の同級生。慎二と違って運動神経が良く、小学生の頃から、地域の少年バスケットチームに所属していて、現在は、早明高校バスケ部の期待の星である。  神様は、こうも不公平なのかと思うほど、優斗の容姿は端麗で、身長は178センチとまずまずの長身。それに加えて、面倒見が良く気さくな性格で、男子からみても人気がある。だから、早明高校の女子生徒全員が優斗に惚れてもおかしくない。    慎二はというと、写真部で部長をしている。カメラをいじったり、マンガやアニメ、ゲームが好きで、活発な優斗とは真逆である。そんな真逆な2人が、仲良くなったのは、小学2年の時に同じクラスになり、当時流行っていたマンガやテレビアニメの話で気があってからだ。ゲームやマンガを貸し借りするようになって以来の親友だ。  小・中・高一貫校で、家が近いこともあってか、お互いの家を行き来するようになり、今では家族ぐるみの付き合いになっている。  クラスが違っても、塾が一緒で、ずっと優斗といつもつるんでいた。そのせいか、中学にあがってから、優斗宛のラブレターを自分を介して渡されるようになった。  高2になって久しぶりに同じクラスになったせいか、ますますその頻度が増えた気がする。他校の生徒からも渡されることもあり、今ではもう慣れてはいるが、やはり、あまりいい気持ちはしない。    それに、俺は……。   「ごめん、シン、待ったか? 日直をいいことに、担任の篠原にいろいろ仕事を頼まれてさ……」 「いや、別に、ここ風が気持いいよ」 「涼しい!」  今日は部活が休みの優斗と、帰りにファミレスに行く約束をしていた。 「あ、ユウ…… ほれ、またお前にラブレター…… ホント、俺はいっつも誰かさんの橋渡しかっつの!」 「えー、わりぃ、それ、適当に処分してくれないかな……」 「あのなあ、俺は、お前の処分屋でもないっつの! それに、一生懸命書いた子がかわいそうだろ、ちゃんと読んでやれよ」 「あはは、わかった、わかった」 「とういうことで、今日は、優斗のおごりな」 「しゃあない」 「やった、ラッキー!何しようかなあ」 「あまり、高いもの食うなよな」 「ステーキにしようかなあ」 「おまえなあ」  夏休みまであと十日。このワクワクした気持ちはいくつになっても変わらない。  別に、旅行とか、特別なことがあるわけではないけれど。    優斗と一緒にいられるだけで……    ファミレスへと続く、歩道を、木陰を探しながら歩く。  隣の優斗の笑顔がくすぐったい。  勢いよく鳴くセミに、夏休みの期待感が高まった。
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