君だから

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 お昼過ぎに優斗が家にやって来る。    慎二は、取り敢えず優斗と顔を合わさないように、お昼ご飯はいらないと母に告げ、用もないのに早めに家を出た。  こういう時は、行きつけの大型書店が一番いい。  その書店は、繁華街の一画にある9階建てのビルで、たくさんの書籍や漫画本、雑誌の種類も豊富で、ビル全体が本屋という自分にとって最高の場所だ。  椅子に腰掛けて本をゆっくり選べるスペースもあり、あっという間に時間が過ぎてしまう。  自動ドアをくぐると、エアコンが効いてて気持ちがいい。午前中だというのに、既にたくさんの人で賑わっていた。    漫画本が置いてある3階のフロアーに行くと、夏休みだからか、学生が多い気がした。  棚が幾重にも立ち並ぶ、その棚と棚の間を覗き見ながら歩く。目当ての書棚にたどり着き、コミック漫画がぎっしりと並んでいるのを目の前にした。    ここに来ると、こんなにもたくさんの漫画家がしのぎを削って()いていることがわかる。  その迫り来る数にはいつも圧倒される。  慎二は、この感覚が好きだった。  慎二は、さっそく、雑誌で連載されている漫画のコミック本を取り出し、パラパラとめくってみたり、先にアニメから見て好きになったコミック漫画を手に取り、コミック漫画の吟味に夢中になっていた。 「慎二? 慎二」  自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。  山口亮平(やまぐちりょうへい)が横から顔を出した。優斗と同じバスケ部のキャプテンだ。今はクラスは違うが、中学2年と3年、同じクラスになったことがあり、優斗を介して何回か一緒に遊んだこともあった。 「慎二、ひとり?」 「うん」  優斗と一緒じゃないのか? と言いたげのような気がした。 「久々にコミック買いに来たんだけど、こんなにあると、あり過ぎて迷うよなー」  大きくゼスチャーを交えながら話す亮平に、慎二は、自然と顔が(ほころ)んだ。  亮平は話しやすい雰囲気を身に(まと)っていて、誰もが打ち解けてしまう気さくな男だ。同級生なのに頼り甲斐のある兄のような存在だ。  だから、バスケ部のキャプテンは持って生まれた天性なのかもしれない。 「亮平、何か探してる?」 「それが、あれもいい、これもいいいと思って、逆にあり過ぎて迷ってしまってさー。慎二、お勧めのものある?」 「そうだなー……」という感じで、慎二はいつの間にか亮平とコミック漫画談義で盛り上がっていた。 「じゃあ、これにしよっと。ありがと、慎二に会えて助かったよ」 「いえいえ、どういたしまして」  亮平はコミック漫画を選び終えると、 「慎二、ちょっとだけいいかな…… ここで言うのもなんだけどさー、慎二だから言うんだけど……」と少し小声で前置きをして辺りを見回すと、少し神妙な表情に変わった。  慎二は、亮平から何が話されるのかと思わず、少し身構えたが、  亮平は「実は、優斗のことなんだけど…… 最近バスケの調子が悪いっつうか、気になっててさ……」とさらりと確信に迫った。  そのさりげなさも、絶妙で、全然嫌味じゃないところが羨ましい。 「え? 優斗が?」 「うん、こないだの練習試合もミスが多かったんだ……」  慎二は、知らなかったと思った。 「誰でも調子悪いときはあるから、夏休み前は別に気にもしてなかったんだけど、でも、この間の練習試合のミスは、優斗らしくないって思ってさ……」  亮平の真剣な表情に、慎二は心が次第に硬直していくようだった。 「……俺の勘なんだけど、何か悩みでもあるのかな……」  慎二は一瞬耳を疑った。    あの、優斗が——  目に浮かぶのは、バスケで活躍する優斗の勇姿と笑顔。  慎二は、亮平から重大なことを打ち明けられた気がした。   「親友だから何か知ってるかなって思って……」と亮平はキャプテンらしく、メンバーのことを気にかけている様子で、優斗が調子が悪いのは本当なんだと思った。  今まで何度か、優斗からスランプを打ち明けられたことがあった。自分はただ話を聞いてあげることしかできなかったが、それでも、その都度、優斗は、自分の力でそれを乗り切っていた。  そんな優斗が、ミスをするほど悩むことっていったいなんだろうか?  慎二は、記憶を頼りに頭の中で考えを巡らせた。 「あ、でも知らなければいいんだよ。ごめんな、混みいった話こんなところでして……」と申し訳なさそうな亮平に、 「本人から聞いたわけじゃないんだけど…… 彼女のことで悩んでいるとか……」と慎二は、つい口から出てしまった。 「彼女? 優斗が?」亮平は全く考えもしなかったという顔をした。  慎二は、言ってしまってからまずかったと思い、「あくまでも、例えばの話だよ」とそう念を押した。 「うーん、 まあ、確かにモテはするが…… 俺が見た限り、あいつ、女っ気ないと思うけどなー」と、腕を組み、しばらく考えた亮平から出た言葉が以外だった。 「そうかもしれない」と亮平はすぐに賛同するかと思ったからだ。  慎二は、複数の女子学生や最近は高宮から告白されたのを知っているだけに、女っ気がないと(いさぎよ)く即断した亮平に、どうしてそう思うのか、理由を聞いてみたいと思った。  それどころか、本当のことを話して逆に自分も悩みを相談したい気持ちにかられていた。 「もし、そうならあいつ正直だから隠せないだろ……」  亮平から出た言葉に、慎二は頭を打たれた。  『正直だから隠せない』  反論できないほど、それは力強く説得力があった。  そのとおり、優斗は確かに正直で嘘をつけないやつだ。  それは、親友の自分なら、ずっと前から当然知っていることだ。  なのに、慎二は、亮平に頭を叩かれたように、その大事なことを忘れていたのに気づいた。  じゃあ、高宮と付き合っていると自分が勝手に思いこんでいただけなのだろうか……    ——そうだといい。  慎二の重く塞いだ心に、希望の兆しのように、光となって細く差し込んで来るような気がした。  その一方で、優斗の悩みに寄り添えず、自分のことだけしか考えていなかったことが恥ずかしくなった。   「親友にも言えない悩みなのかな……」亮平の独り言が心に棘となって小さくささった。 「ありがと、しばらく様子見てみるな。慎二も何かわかったら教えて」 「わかった」 「じゃあ、またな!」と亮平は慎二の肩をポンと軽く叩き、手を上げ去っていった。  自分だけが悩んでいると思っていた。  自分のことばかり……   親友として失格だ。  慎二は、自分を酷く責めた。
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