君だから

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 慎二は、亮平の言葉がずっと頭から離れなかった。    早明高校バスケ部エース、その優斗がらしくないミスをしているなんて信じられなかった。  優斗に、いったい、何があったのだろうか。    優斗に悩みがあるのかもしれない。  もしそうなら、いったい何を悩んでいるのだろうか。    優斗は女っ気がない。  それは、正直だからすぐにわかる。  それは自分が一番良く知っていたはずだ。なのに、高宮とのことで、見えなくなっていた。  亮平の言うことがもし本当なら、高宮と付き合っているというのは、自分の思い過ごしだったのだろうか。    頭の中で、ずっとエンドレスに回っていた。   「シン、入っていい?」  姉の久美子だった。 「サンキュ、これ、返すね」  夏休みに入る前、優斗に貸していたコミックだった。優斗に顔を合わせないように出かけたあの日、訪ねて来た優斗から手渡されたと姉が話していた。  姉は、久しぶりに会った優斗が、身長が大分伸びて、大人びていたのに驚いたらしい。    あれから1週間。  優斗はどうしているのだろうか。  いつもの夏休みなら、気軽に互いの家を行き来したり、メールで誘い合ったりしていたのだが、それが今は自然に出来なくなってしまっていた。   「5巻、面白かったね! 予想をはるかに上まってた!」 「俺、衝撃だったよ」 「だよね。次回どうなるんだろうねえ。もう、続きが早く読みたくなる! この漫画家、ほんとストーリー展開うまいよねえ」  姉の久美子とコミック漫画について話すのは久しぶりな気がした。  優斗とも、こんな風に、感想を話したかった。  それは、いつか、叶うだろうか。 「あのさ…… ところで、どうして、主人公はそういう行動に出たんだろうね」ふと、漫画の主人公の心情について姉に聞いてみたくなった。 「そうだね…… 不安や悩みを解決するには、そうするしかなかったんだと思うよ」 「え?」  慎二は、姉の言っていることがうまく理解できなかった。 「『時間が解決する』って聞いたことあるでしょ。不安や悩みは、時間が解決するって、シンもそう思う?」  慎二の疑問ありげな表情を読み取ったのか、姉の久美子は、ベッドに座る慎二と向かい合うようにして椅子に静かに腰掛けた。 「うん、そうじゃないの?」  最近の自分がまさにそうだ。  夏休みに入る前からずっと引きずっているモヤモヤや、悩み…… 全て時間が解決するしかないと思っている。  だから、素朴な疑問として、姉にぶつけてみたかったのかもしれない。 「でもそれは、誤解で、本当の意味はそうじゃないんだよね」 「え? どういうこと?」  慎二は、姉の誤解だと言う言葉に、面食らってしまった。 「不安や悩みは、行動しない限りずっと続くの。いつまでも。解決するには、とにかく、解決に向けて行動するしかないわけ……」 「じゃあ、時間が解決するって言うのは何? あれは何が解決されるの?」  答えが知りたくて気持ちが急ぐ。  姉の久美子は、流石(さすが)に大学で心理学を専攻しているだけのことはあり、慎二は、姉の話がとても興味深く、次第に引き込まれていた。 「あれはね、解決に向けて何らかの行動した結果、たとえそれがうまくいかずに失敗したり、玉砕した場合に心が傷ついたり、相手がいて、相手との関係性の変化があった場合、その傷や関係性を癒すのに時間が解決するってことなんだ」  慎二は、意味がわかったような、わからないような、気持ちだった。 「言ってることわかる?」姉の久美子は、慎二の様子を伺いながら、 「例えば、失恋なんかがわかりやすいかな。片思いのままずっと引きずるより、相手に伝えるという行動を取って、たとえ玉砕したとしても、その心の傷や相手との関係性は時間が解決するっていう感じかなあ」と慎二に分かりやすように噛み砕いて説明を続けた。  失恋して傷ついた心や相手との関係性は時間が解決する。  姉の言っている意味が何となくわかったような気がした。 「だから、玉砕でもいいから、不安や悩みは行動あるのみ! ていうこと。うじうじ悩むよりも、自分の意思に従って行動する。それが、後悔しない生き方なんだ。ってこの漫画は言いたかったんだと思う」と姉久美子は、真剣な瞳を慎二に投げかけ、力強く言った。  玉砕でもいい。  不安や悩みは行動あるのみ。  自分の意思に従って行動することが後悔しない生き方…… か。  姉の久美子が部屋を出た後、慎二は、その言葉の重みを噛み締めた。  ……そうか、だから、いつも自分はうじうじと悩み続けているのか。  悩むだけでなんにも行動していない。だから、解決しない。    優斗は高宮と本当に付き合っているのかどうか。  本当はそれを確かめたい。  それが自分の真実の声だということに、今、やっと気づいた。  でも、優斗に真実を突きつけられるのが怖かったんだ。もし本当だったらと思うと、失恋するのが怖かったんだ。  だから、先延ばしにして、本当のことを確かめることから逃げてばかりいた。優斗を避けて、ああだこうだとずっとうじうじと思い悩んで、時間が解決するって思って誤魔化していただけだった。     自分の心なのに、まるで不可解だった謎が解かれていくような感覚だった。    今本当にやりたいことは何か。  優斗に真実を確かめること。  優斗に悩みがあれば、その力になってやることだ。  今の自分にとってそれが悩みを解決する行動であり、前に進むことなのだ。  たとえ、それで、失恋したとしても、自分の意思に従って行動した結果であれば、後悔しないと思う。    そして、心の傷も優斗との関係性も、それこそ、時間が解決してくれる——    慎二の心に、勇気の芽が大きく育ち始めていた。    
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