102人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
慎二は、決心が揺らがないうちに、旅行から帰宅した日の翌日、すぐに、軽井沢土産を持って優斗の家を訪ねることにした。
ただし、優斗には連絡せずに…… だ。
慎二は、どううまく切り出していいのか、携帯のメールを書いては消してをまた繰り返していた。
「そっちに行く」と書くだけだと、ぶっきらぼうでそっけないし、「会わないか」と書くと、何か変に意味ありげだ。「軽井沢の土産を渡したい」は、尚更、カッコつけ過ぎな自分を意識してしまう。
このままだと、自分の性格上、せっかく購入した土産を渡しそびれてしまう。それなら、いっそ、アポ無しで訪ねるほうがいいと思った。
優斗が不在であれば、それはそれで仕方がない。優斗の母親にでも渡せばいい。とにかく、自分が感動したブルーベリージュースのあの味を優斗にも早く味わって欲しい。
夏の軽井沢の爽やかな甘酸っぱさを優斗に届けたい。
ただ、それだけだった。
2か月ぶりくらいだろうか……
優斗の家の白い門を緊張して開き、押し慣れていたはずのドアの呼び鈴を押す指が少し震えた。すぐに出て来たのは優斗の母だった。
「あら、シン君!」
「こんにちは。ユウ…… いますか?」
「あら、ユウは、出かけていないのよ……」
「そうですか……」
案の定、優斗は、留守だった。残念に思う気持ちと、少しホッとした気持ちが入り混じっていた。
「部活ですか?」
「部活はお休みなんだけど、ちょっと出かけて来るってだけで。せっかく来てもらったのに、ごめんなさいね」
「いいんです、優斗にお土産持って来ただけなんで……」
優斗の母とは、いつもの気さくさで、話が尽きなかった。土産のブルーベリージュースを手渡すと、たいそう喜び、同時に、優斗がいないことを酷く残念がった。
家に上がって冷たい飲み物でも飲んで行くよう勧められたが、玄関先で家族旅行や近況を話し、丁寧に挨拶をして優斗の家を後にした。
土産を届けて満足した気持ちも束の間、優斗の家の門を出た途端、優斗と話すせっかくのチャンスを簡単に逃してしまったことの重大さに気づいた。がもう遅い。
本屋にでも寄って行こう。
このまま家に帰る気持ちにはなれず、慎二は、気晴らしに、街中のいつもの書店に行くことにした。
アスファルトやビルが吸収した熱を反射して熱い空気がまとわりつく。その中を、真夏の太陽が容赦なく照りつけた。
葉緑の木陰も、爽やかな風もない。
軽井沢から帰ったばかりのせいか、全てを比較してしまい、むさ苦しいほど酷く暑く感じた。
喉も酷く渇く。
途中、慎二は、自販機でコーラを出した。
「あれは……? 高宮?」
ベンチを探して映画館の前を通り過ぎようとしたその時、高宮らしき人の姿を捉えた。見慣れた制服とは違い、今日は一段と、洗練された私服がとても大人びて見える。
「やっぱり、高宮だ……」
人通りが激しいビルの前で、ひとり時計を気にして誰かと待ち合わせをしているようだった。
瞬間、優斗と会うのではないかと根拠もない悪い予感が頭をよぎった。
こんなところで優斗と会いたくない。
慎二は、非常事態でも起こったようにコーラで喉を潤すことも忘れ、顔を見られないよう、隠れるようにして早く立ち去ることだけを考えた。
やはり、嫌な予感は的中するものだ。
今までの経験上、そういう時、大体がうまくいかないものと決まっている。避けたつもりが、よけいにそっちを選択してしまう現実。
慎二は、望まない状況を避けようと選んだ別ルートの道で、予想した通り、今、ここで絶対に会いたくなかった人物、
「シン、シン、久しぶり!」
優斗とばったり出くわしてしまった。
「あ、久しぶり…… あ、さっきさ、ユウんち寄ったんだ」
慎二は、久しぶりに見る優斗の弾ける笑顔が眩しくて、まともに顔を直視できずにいた。
「え? そうなの? 連絡してくれればよかったのに……」
「ちょっと、ついでに…… 旅行の土産を届けに寄っただけだから……」
それは全くの嘘だ。
「どっか行ったの?」
「うん、軽井沢に、家族で……」
「へえ、軽井沢かあ、いいなあ…… 土産、ありがと!」
「うん、……ユウ、出かけ?」
高宮の姿を思い出し、『映画』に行くのかと確認したいが、その二文字を口に出すのすら怖くてできない。
「あ、うん、暇だから、映画にでもと思ってさ…… でも……」
慎二は、聞きたくなかった二文字に胸が締め付けられそうになった。その場から早く立ち去りたい気持ちで溢れ、優斗の言葉を最後まで聞かずに、「そっか、 じゃあな……」と遮り、急足で立ち去ろうとした。
「あ、シン、待てよ!」
慎二は、ちゃんと聴こえていたが、優斗の言葉を振り切って走った。
「シン!」
人目をはばからず、優斗が追いかけて来る。
高宮と映画を見る予定じゃないのか? そう思いながら、怖いものから逃げるように慎二はひたすら走った。
追いかけて来る足音が背後で迫って来る。
慎二は無我夢中で走った。
「シン、待てってばっ!」
慎二は、優斗に腕をギュッと強く掴まれ、追いつかれた。さすがに足の速い優斗だ。
気づいたら人通りのない高架下のトンネルまで走って来ていた。
掴まれた右腕に鈍い痛みが残る。
「シン、なんで逃げる?」
「逃げてない」
「今、逃げたじゃないか」
「逃げてない」
2人とも息が上がり、ちゃんとした会話にならない。
「いや、逃げてる。シン、俺がおまえのこと、わからないとでも……」
優斗の真剣な顔を久しぶりに見た。
「おまえ、夏休み前から変だよ……」
「変じゃない」
先ほどから、全然、言い訳になっていない。優斗の言葉をおおむ返しに返しているだけだ。
「夏休み前から…… はっきり言うけど、自分が、高宮に告られたって言った日からだ」
明確に指摘されて、慎二はドキリとした。顔に出やすい自分のこと、優斗は全てお見通しだったのだ。
「やっぱり、おまえ、高宮のことが好きなんだろ…… だから……」
「ちがうっ!」
慎二は、優斗に誤解されているという驚きと、怒りにも似た気持ちが混ぜこぜになって、つい、強い口調になった。
「じゃあ、なんで、俺を避けるんだよ!」
「だから、避けてない」
「いいや、避けてる。今だって、俺が待てって言ったのに、走って逃げたじゃないか。高宮のことが好きで、俺に嫉妬して、だから俺のこと避けてるんだろ?」
「違う!」
優斗の言葉をただ否定することしかできなかった。
優斗にどう説明したらいいのだろう。
正確に言えば、話が自分が思っていたのとは違う方向へ流れているのを、慎二はどうしたらいいのかわからなくなっていた。
優斗に会って、勇気を出して自分の口から高宮と付き合っているのかと確かめてみたいと思っていた。自分の思い込みなのかどうか、ただ確認すればよかったはずだ。
それなのに、今の状況は、どういうわけか、自分の方が優斗に問い詰められ、劣勢な立場になっている。
「何が、どう違うんだよ!」
「お、俺…… 」
多分、優斗に詰め寄られて頭が混乱していたのかもしれない。
いや、このまま優斗に高宮のことが好きだと勘違いされることだけが許せなかったのかもしれない。
「俺が好きなのは、お前なんだ! だからっ!」
慎二は、握りしめた両拳に力を込め、怒りをぶちまけるように叫んでいた。
「え? シン、今、何て言った?」
頭上を走る電車の音が今になってゴーっと響く。
優斗は何が起こったのかわないという表情で立っていた。慎二は、言って、しまったと思ったが、もう後には戻れない。
「……好きだって言ったんだ。ユウ、気持ち悪いだろ、俺のこと」慎二は、そう言い放ち、優斗を残したまま、最後の力を振り絞ってその場から走り去った。
もう、何もかもお終いだ。
走りながらそう思った。
しかし、不思議と、今まで重く霧がかかっていたような心が、脱力した体に、心はすっきりと軽く晴れ渡っていくような心持ちさえしていた。
最初のコメントを投稿しよう!