君だから

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              ある夏の日 「シン、やっぱ、おまえの部屋って、いつ来てもいいよなー」 「そうかな?」 「こーんなにたくさんのコミックに囲まれて、ほんと羨ましいよ。これだけあれば、漫画の図書館、できるんじゃね。こうして見ると、スゲー圧巻だよなー!」 「でも、面白いものがありすぎて、将来、入らなくなったらどうしようっていう悩みもあるんだよな」 「ハハ、まだ、悩むには早過ぎるだろ。まだまだ、余裕、余裕」  今、超人気のコミック漫画を優斗が借りたいというので、慎二は、学校の帰り、優斗を連れて帰って来たのだった。  母の手作りのサンドイッチを母と3人で雑談しながら軽く頬張ってから、2階の自分の部屋に優斗を案内した。  見慣れた部屋なのに、自分の部屋を優斗がおもいっきり賞賛してくれている様子が、慎二は、気恥ずかしくもあったが、正直嬉しかった。まるで、自分が褒められているようで、くすぐったかった。  それに、夏休みを3日後に控え、気持ちも上場だ。  慎二の部屋は、シンプルだが、ベッドに、勉強机とその横に、中学からはまっているカメラ関連の棚がある。それ以外は、天井高く、壁面いっぱいの本棚にコミック漫画が整然と並べられている。  自慢じゃないが、慎二は、小学生の頃から、思い入れのあるコミックは全巻揃えるようにしていた。今では、廃刊になった超レア物まである。小遣いはほとんどコミックに費やしてきたほどの漫画好きだ。カメラを始めたのも、カメラを題材とした漫画の主人公に影響を受けたせいだった。  姉と2人兄弟で、中流くらいの家庭だと思うが、ちゃんと自分の部屋を持てて、干渉されずに好きなものに囲まれて暮らせるということは、幸せなのかもしれない。 「ユウ、おまえも、集めてみれば」 「いいよ、俺は。シンの部屋で読めればいいからさ」 「なんだよ、それ」 「エへへ……。えーっと、『鬼滅の桜』はと……」 「ユウ、ほら、こっち」  慎二は、最新刊、5巻まで並んでいる棚から1巻を取り出した。 「ほんと、これ、超、面白いよなー」  優斗は、コミック漫画を受け取ると、慎二のベッドにドサッと腰掛けた。 「うん、うん」と、優斗はおもいっきり頷きながら、2巻を手にして、フローリングに置いたクッションに腰掛けた。  体全体を包み込むくらい大きなこのクッションに、体を預けて読むのが一番最高な時間なのだ。  しばらくの間、缶コーラを飲みながら、いつものように、黙々とコミックを読む。  時々、どのページの描写がどういいのかとか、伏線がここにあったとか、考察や感想を言い合っては、また、黙々と読む。2人で読み合うときの、そういうスタイルは、小学生の頃から全然変わっていない。  2時間くらいは経過しただろうか、慎二が、テーブルの缶コーラに手を伸ばしたときだった。  優斗は読み終えた4巻をパタンと閉じ、何か言いたげに顔を上げた。 「シン、あのさ…… A組の高宮恭子(たかみやきょうこ)って知ってる…… だろ……」 「ああ、うん、テニス部のキャプテンだろ……?」 「うん……」  テニス部キャプテンの高宮恭子は、容姿端麗で、頭もいい。男子学生の憧れの存在だ。諺の「天は二物を与えず」ではなく、「天は二物を与える」に変更した方がいいのではないかと思ってしまう。それくらい、自分とは、別世界の人間だと思う。そして、それから連想して、優斗も、高宮と同じ世界の人間だったと、今まで忘れていたことに気付かされて落ち込みそうになった。  でも、どうして、ここで急に高宮の話が出るのか不思議だった。それに、優斗の様子が、いつもよりおかしい気がした。 「高宮が、何だよ……?」 「あのさ……」  優斗は言いにくそうにして、いつもの、優斗らしくない。歯切れが悪い感じが、何か、嫌な予感がした。 「実はさ…… その…… あいつに、告られたんだ…… 昨日、部活の帰り……」 「へえー」  慎二の胸のどこかから突き上げるように心臓が飛び跳ねた。  予感が的中した。  その後、優斗が何を言うのかと思うと怖い。 「シン、どうした方がいいと思う?」  慎二の心臓の鼓動がますます大きく脈打ち始める。このまま、ここから席を立ってしまいたいと思った。 「どうした方がいいって?」 「その…… 直接告られたの…… 初めてで…… どうしたらいいのか…… 付き合ってみた方がいいのかな……?」  そうか、慎二は、いつも、自分か、誰かを経由することが多かったから、高宮から直接告られて、どうしたらいいのかわからないんだな……。 「何で、俺に聞くんだよ……」  先ほどまでの楽しい気分から一気に蹴落とされたみたいな気持ちになっていく。 「何でって、親友だからさ。おまえならどう思うかなあって……」 「付き合いたければ、付き合えばいいじゃん」 「おい、ちょっと、投げやりじゃね」 「じゃあ、俺が、やめとけっていったらやめるのか?」 「っ、おい、なんか、さっきから、変に、つっかかるなあ」 「……と、とにかく、お前が決めればいいだろっ」  気が動転しているのを悟られないようにすればするほど、ひとりでに、イラついている自分がいた。    ——誰に?  ——何に?  自分でもわからない。 「シン、もしかして…… 高宮のことが好きだったとか? それで、怒ってるのか?」 「ちがうっ」 「じゃあ、何で、そんなにカッカしてんだよっ」 「だからぁ、ちがうって言ってるだろ!」  変に言い合いになりそうになった。慎二は、いたたまれなくて、思わず立ち上がった。 「ごめん、気に障ったのなら謝る……」  優斗も立ち上がり、頭を下げようとした。 「ちがうんだ……」  うまく説明できない。 「何が、ちがうんだ?」 「俺こそごめん…… お、お似合いじゃねえの、ユウと高宮、2人とも美男美女だし、成績優秀で、スポーツ万能だし……」 「そうか…… シン、ごめんな……」 「別におまえが……」  おまえが謝る必要はないと言いかけたが、言葉が続かなかった。 「わりぃ、そろそろ、俺、帰るわ……」  気まずい雰囲気が漂う。慎二は、何も言えずそのまま突っ立っていた。 「5巻、しばらく借りてくな…… 」  優斗は、コミックを手に取ると、「じゃあな!」と手を振り、部屋から出ていった。笑顔が、無理に作ったように見えた。  慎二は、ぽつんと、ひとり残された部屋で、初めて感じる胸の痛さに、息が苦しさを覚えた。    どうして、こんなに、イラついているのか。  何に……?  どうして、こんなに、胸が痛いのか。  今は、まだ、気持ちをうまく表現することができない。  自分の気持ちなのに。  ただ、わかっているのは、優斗のことが、ずっと好きだということ。  そして、その気持ちは、自分が思っていた以上に、大きいかもしれないということだった。
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