君だから

20/35

102人が本棚に入れています
本棚に追加
/36ページ
「ちょっ、それって!」  慎二は、どう返していいのかわからず、ただ、ドギマギするしかなかった。 「気持ち悪いですよね」 「いや、そうじゃない……」と慎二は(かぶり)を振った。  慎二は、後輩に慕われているというだけで正直嬉しかった。何より、三上は、後輩の中では特別で、一番信頼し、尊敬もしていたのだから。    でも、優斗への気持ちとは違う。    優斗……    今も、優斗の名前を呼ぶだけで、胸の奥が締め付けられる。  遠く離れていても、ずっと会えなくても。  慎二は、無理やり閉じ込めていた感情が吹き出しそうになるのを必死に(こら)えた。 「気持ち悪くはないよ…… 実は、俺も好きになるのは男性だから、わかる。でも、今、好きな人がいるんだ…… だから、ゴメン……」と、慎二は、言葉を選びながら、三上に素直にカミングアウトしていた。 「良かった! やっぱりそうだったんですね」 「え? 良かった? そうだったって?」  好きな人がいると即答でふられているのに、良かったとはどういうことなのだろうか。  それに、三上は、落ち込むどころか、嬉しそうな、ほっとしたような表情にさえ見える。  慎二は、三上から返って来た言葉がチグハグ過ぎて、言っている意味がわからなかった。   「部長、驚かせてすみません」 「それって、どういう?」 「部長が性的マイノリティであると、部長の口からはっきりと聞きたかったんです。ほんとすみません」 「性的マイノリティだと、俺の口から?」  三上が言っていることが、まだ飲み込めない。 「部長も自分と同じ性的マイノリティかなって思ってはいたんです。だから、いつかチャンスがあったら聞いてみたいて、ずっと思ってて……。でも、これって、さすがに、親しい間柄でも、『性的マイノリティですか?』って単刀直入に聞けない内容じゃないですか。むしろ、逆に、そう聞いて、はいそうですって、普通答えないし、逆に、警戒されるのがオチですもん」    確かに、三上の言う通りではある。  いくら信頼している三上であっても、もし、単刀直入に聞かれていたら、三上に対して心を閉ざしてしまっていたかもしれない。  心に土足で入って来るようなやつは、合わないし、それっきり。こうして一緒に星を見ることもなかっただろう。  今、三上から変な告白をされなければ、咄嗟に、自分からカミングアウトしなかったのだから。 「それに、写真を始めるきっかけを話すには、まず、前提として自分が性的マイノリティだと告白しなきゃならなくて。だから、その前に、部長が、それを理解してくれる方なのか、自分の予想があたっているのかを確信したかったんです。試すようなこと言って、ほんとすみません」  三上は立ち上がって平謝りをしている。  三上が慎重になるのは当然だ。  性的マイノリティは、理解のない者には、病気扱いかこの世の人間ではない扱いだ。  だから、カミングアウトをする相手は慎重に選ばないといけないし、その相手を間違うと、一生酷い目に合うと思っている。  ただ、慎二は、理解者はそうそう見つからないと思っていた。信頼している家族にさえ話すのは抵抗があるのだ。  その点、三上は勇気があると思う。  慎二は、自分だったら、このまま誰にもカミングアウトできずに一生を終えると思っていたのだ。  ただ、こんな身近に、自分と同じ部類の人間がいるとは…… 世界は狭いもんだ。 「そうなの? じゃあ、カメラを始めたきっかけを聞いた俺のせいだね」 「いや、全然、部長が悪いんじゃないです。他の誰もなら、いつも適当な作り話をしてますよ。けど、部長には、正直に、本当のことを話したかったんです」  三上に適当な話で誤魔化される方がもっと嫌だと思った。  自分に本当のことを話したいと思ってくれた三上の真摯な気持ちが嬉しい。危険を冒して、自分にカミングアウトした三上の勇気も(たた)えてあげたい。 「やっぱ、三上、いいやつだな……」 「部長こそ、怒らないでいてくれてありがとうございます」
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

102人が本棚に入れています
本棚に追加