君だから

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「バレてたんだ……」  潤んだ瞳を隠そうと、慎二は、冗談っぽく笑って見せた。 「早川先輩を見つめる先輩は…… いつも優しい眼差……でした。他の人は知らなくても、少なくとも、俺は、そう見えてました」    三上の言葉が胸にすっと入って来る。  だめだ——  涙の粒が、慎二の瞳の中で膨らんでいく。 「最近…… 早川先輩と何かあったんですか?」 「え?」 「いつも一緒だったのに、あれ、どうして別々なのかな? って、思ってたら、早川先輩を遠くから見ている先輩…… 寂しそうで、辛そうで…… それで、何かあったのかなって……」 「三上の言う通……り」  だよ……  そう続けるつもりが、言葉が途切れ、慎二の涙腺が崩壊した。    慎二は、俯いて泣いた。    今まで、抑えていた優斗への想い、誰にもカミングアウトできずにいた苦しみ、体を覆っていた全ての鎧が(ほど)け、感情が滝のようになってどっと押し寄せて来た。 「岩井先輩……」  そっと添えられた三上の右手の重みが、少し肌寒くなっていた左肩に、優しく、温かい。 「俺に、話してください……。聞いてあげることくらいしかできないですけど……」  慎二は、顔を伏せながら何度も頷いた。 「三上…… ありがと」    慎二は、時折言葉を詰まらせながら、優斗との間に起こった経緯を全て、三上に吐き出した。  優斗が高宮に告白されたことが発端となって、嫉妬し、素直になれずに、関係がギクシャクしてしまったことを。 「わかります…… 女子から告白されたなんて、一番聞きたくない言葉ですよね」  あのとき感じた胸がキューッと縮こまるような感じ、慎二は、また蘇りそうで、胸のあたりを抑えた。 「その後、付き合ったのかについては、早川先輩の口からまだ聞いてないのですね。しかも、バスケ部主将は女っ気がないと言っていた……」  三上は、散らばったジグゾーパズルのピースをひとつひとつ合わせていくように、慎二の話を繋げていくようだった。 「そして、早川先輩に『自分を避けてる』、『おまえの方が高宮のことを好きで自分を嫉妬してるんじゃないのか』って言われたんですね」 「うん、それで…… 俺、誤解されるのが嫌だったから、『違う、好きなのはおまえなんだ』って怒り任せに言って、そのまま走って逃げたんだ…… ああ、もう最悪……」  慎二は、頭を手で覆い、髪の毛を掻きむしる仕草をした。  慎二は、いつの間にか、そうやって、滑稽に自虐することができるまでになっていた。  乾いた涙の跡も、次第に、うっすらと夏の夜空に消えていた。  多分それは、今までひとりで抱え込んでいた悩みを三上が受け止めてくれたからだと思う。    聞いてくれる人がいる。  それだけで、心がこんなにも軽く、安らかになるのだ。 「じゃあ、優斗先輩には気持ちは伝えたんですね」 「まあ、あまりロマンチックとは言えんけど……」 「でも、あの時、告白して、後悔してますか?」  慎二は、三上の問いかけに、夜空を仰ぎ見た。  北斗七星が先ほどの位置から大分近くに移動している。    後悔しているか?   不思議と、後悔していないのだ。むしろ、この夜空くらいに清々(すがすが)しい。 「そうだな…… 後悔してない…… かも」 「自分もそうでした。告白した時は、すっきりした気分でした。あのまま、言わずに、彼がアメリカに行ってしまっていたら、逆にもっと後悔したと思うんです」 「うん、そうか、俺も、すっきりした気分なんだ…… うん、そう」  三上と話していくうちに、自分でも気づかなかった気持ちが整理されていくような、考えがまとまっていくような、心持ちがした。  慎二は、うじうじ悩んでいた頃より、ここに来て写真に打ち込めるようになった、そのわけがわかった。 「そして…… やっと、本当の自分になれたって思いました」 「本当の自分?」 「好きな人には、本当の自分を知って欲しかったんです。自分を偽るのは嫌っだったから、たとえ受け入れてもらえなくても」    本当の自分にやっとなれた。  たとえ受け入れてもらえなくても——  慎二は、魂が熱く共鳴した。    三上も、苦しんできた過去があった。  それを乗り越えてきたから、今の強さがあるんだと思う。    慎二の心に、力となって、奥深く染み渡っていくようだった。
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