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授業終了の鐘がなり、机の上の筆記具を片付けていると
「シン……」と小さく呼ぶ声がした。
聞き慣れたその声に慎二の心が反応した。急いで振り向くと、優斗が横に立っている。
「あの、さ……」
「えっ?」その真剣な眼差しに、慎二の心臓が高鳴り始めた。
こんなに接近したのは、夏休みのあの日以来だ。
優斗が、何を言い出すのかと、その唇が動くのをじっと見つめた。
まるで、時間が止まったように、緊張が走る。
——とそのとき、
「優斗、慎二、一緒に売店に行かね!」といつものメンバーが優斗の肩に腕を回し、張り詰めていた二人の空気を切り裂いた。
いつの間にか、止まっていた周りの雑音が戻り、慎二は、とりあえず、救われた思いがした。
数人集まって来て、「早く、行こう!」と、慎二も肩を軽く促される。
優斗は、いったい自分に何を言おうとしたのだろうか。
慎二は、心に残したまま、優斗と数名の仲間と連れ立って教室を出た。
お昼の弁当やおやつの調達に、ガヤガヤと雑談しながら売店に向かって歩く。
夏休み前と変わらない風景だ。
慎二と優斗は、母親手作りの弁当持参組で、売店で、飲み物やちょっとしたおやつを買うのが楽しみなのだ。
優斗は、いったい自分に何を言おうとしたのだろうか。
そのことが、ずっと、慎二の頭の中を占領し続けていた。
慎二は、先ほどの優斗の真剣な眼差しの意味を確かめたくて、今、仲間と談笑している優斗の様子を伺い見ていた。
売店が見えてくると、昼食の弁当などを求める生徒で賑わっていた。
慎二は、奥へと入って菓子類の陳列棚に目を向けた。
何を買おう……
売店は、学生のお小遣いに優しく、安くて、相変わらず、品数が豊富で迷ってしまう。
『ユウ、何するか決めた?』
『俺は、このチョコにしよっと。シンは?』
『俺こっち買うから、あとで半分こしよ』
よくここで、優斗と一緒に品定めした。
夏休み前と変わった風景。
もう、あの時のように、気軽にできない自分がいる。
普通にするって決めただろ……
普通に……
「シン、何にするか決めた?」
最初に口に出したのは、優斗の方だった。気後れしながら、横向くと、優斗と目が合い、ドキンと心臓が飛び上がる。
「あ、まだ…… えーっとどれにしようかな……」慎二は、慌てて、視線を陳列棚に戻して、菓子を選ぶふりをする。
何を選んでいいのか、全然決まらない。
せっかく、優斗が話しかけてくれたのに、自分があまりにもぎこちなさすぎて焦るばかりだった。
陳列棚の前で、慎二がもたついていると、「すみません、そこ、いいですか」と、生徒が数名、優斗と慎二の間を割り込むように、陳列棚に手を伸ばした。
優斗との距離が遠くなる。
せっかく、優斗が普通に話してくれたというのに……
狭い通路の上に、昼食時間のこの混み具合の中で、千載一遇のチャンスだったのは間違いない。
「シン、先に出とくから……」そう、言い残して、優斗は手にした菓子を持ってレジへと向かって行った。
楽しかった、菓子選びも、一人だと、こんなにも虚しいのか。
慎二は、適当に菓子を掴み取ると、優斗の後を追うようにレジに向かった。
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