君だから

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 慎二は、教室では、優斗と二人っきりにならずに済んだ。  仲間との雑談の輪の中で、みんなに話題を合わせていれば、うまく時間は過ぎていった。  優斗は普通に笑い、自分も笑う。優斗が話せば相槌を打ち、自分が話せば、優斗も相槌を打ってくれた。 そうやって無難に過ごせればいい。慎二は、そう望んでいた。    それなのに、どうしてこんなに(むな)しいんだ。  優斗が普通にしてくれればくれるほど、自分があのとき優斗に告白した事実さえなくなってしまうようで、慎二は、次第に、笑顔と心とがチグハグになっていた。    昼休み、優斗が自分に何を話そうとしたのか……  それが、ずっと、気にかかっていたからかもしれない。    夏の合宿で、『うまくいくような気がする』と言ってくれた三上の言葉を、全く期待していなかったというと嘘になる。  というよりも、自分が好きになった優斗だから、信じたいという気持ちの方が大きかった。    午後の授業は、だらけた空気感が教室を覆っていた。  教師の声だけが、滔々(とうとう)と流れて行く。  夏休み明けの授業はさすがに長く、長時間座っているのがとても辛いほど、眠気を誘った。  優斗が何を言おうとしていたのか。  そればかり頭の中で反芻し、授業中ずっと、教師の声が次第に遠のき、板書する手が止まる。  慌てて、本のページを捲り、ノートに書き写す。を、慎二は何度も繰り返した。  休み時間、教室の移動時間、あれから、何の素振りも見せない優斗に、期待は虚しいものだと思い知らされているようで、普通に振る舞う優斗の笑顔が胸を刺した。      やっと、全教科の授業を終え、その解放感で教室が一斉に騒ついた。  慎二は、これから写真部の部室に寄るのが面倒な気持ちになっていた。早く家に帰ってしまいたいほど、新学期初日からどっと疲れていた。  夏休みの合宿で撮影した写真の整理や新学期始めの部活動でもあるので、部長としてそういうわけにもいかない。    慎二は、重い体をゆっくりと動かし、教科書や筆記用具を無造作にカバンに入れた。  優斗も部活だよな……  ふと、そう思いながら、立ち上がって斜め二つ後ろの優斗の方へ、何気に振り返った。    すると、優斗と目と目があった。  優斗も、こちらを見ていてる。 「あ、ユウ、部活?」慎二は、ドキリとして、咄嗟に声に出した。その場しのぎの安易な質問だ。 「うん…… シンは……?」 「部室に寄ろうかと……」 「帰り…… いっしょに帰らない……?」 「え?」今、何て言った? と思わず聞き返したくなるほど、慎二は、驚き、鼓動が激しく打ち始める。 「バスケ部は、6時までに終わるからそんくらいに、待ち合わせしよっ」 「えーっと、こっちは…… 何時に終わるかわからないけど……」本当は、すぐにでもうんと言いたいのに、優斗の真意を探りながら答えた。 「いいよ……。シンが来るまで待ってるから…… いつもの、渡り廊下で、待ち合わせ、な。それじゃあっ!」    そう言い残して、優斗は、自分の返事を待たずに、急ぎ足で教室を出た。  先ほどまでどんよりとしていた教室、優斗の一言で、世界がこうも変わる。  慎二は、堰き止めていた想いが、涙で溢れそうになった。    
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