君だから

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 先ほどからずっと、胸の奥がむず痒い。  慎二は、周りに悟られないように、小さく深く息を吐いた。   「11月の文化祭に、写真部では、各自作品を出展することにします」  副部長の司会でミーティングが進められていく。  部室には、夏休み以来の顔が揃っていた。  三上とも、あの夏以来だ。    優斗との待ち合わせの時間は6時……  壁に掛かった時計は、まだ午後5時20分を指していた。  慎二は、ふうーっと、また深く息を吐く。  慎二は、時間が意識にのぼるたび、胸の奥が疼いて、自然に呼吸が浅く早くなっていた。 「部長、文化祭に出す写真のテーマってあるんですか?」 「え?」  慎二は、一瞬、女子部員の問いかけをぼんやりして聴き逃してしまい、聞き返そうかと焦っていると、 「テーマは各自、自由っていうのはどうでしょう。部長」と三上が助け舟を出してくれた。 「ああ、それいいね…… みんなはどう思う?」  夏の合宿以来、三上は、初めて本当の自分を全部さらけ出せた唯一の存在となった。  自分の存在を受け入れてくれる人がたったひとりいるだけで、こんなにも心が安らぎ、自信へと繋がる——  恋愛に関しても、三上の方が自分よりずっと先輩だった。  優斗への辛い思いも三上が聞いてくれたおかげで、どれだけ気持ちが軽くなったかしれない。  慎二は、部活が終わったら真っ先に、三上に、優斗から帰ろうと声をかけられたと嬉しい報告をしたくてうずうずしていた。  三上なら、きっと『良かったですね!』と喜んでくれるだろう。  慎二は、そう思いながら、三上に感謝の眼差しを向けた。  5時30分  気づいたら10分おきに、時間を気にしている。  時間が進まないもどかしさと、進んで欲しくない気持ちとが入り混じり、慎二は、次第に胸の疼きの強さが増していた。  5時40分  最初は、嬉しさの方が勝っていたが、時間が経つにつれ、不安な気持ちがむくむくと顔を出し始めた。  優斗が『帰ろう』と言ってくれたのは、今まで通り友人として普通に接しようとした優しさなのかもしれない…… と。  そして、全てが今までどおり。  告白したことさえなかったことになるかもしれない。  期待が大きい分、後で崖から突き落とされたような気分になるのではないかと、優斗に会うのが怖くなり始めていた。  どうしよう……  でも、せっかく、優斗の方から誘ってくれたのだから、自分も普通にしなくてはとも思う。  嬉しさと不安の狭間(はざま)で、慎二は、ミーティング中ずっと頭の中でぐるぐると押し問答をしていた。   「じゃあ、ミーティングはこれで終わります。みんな、合宿で撮った写真を整理してから帰ってください」  慎二は、そう言って時計を見上げると、6時まであと10分と迫っていた。  心臓が、一度大きく飛び跳ねた。  時計の秒針に合わせて、脈打ちが早くなる。 「三上…… ちょっといいかな……?」  部員がまだ数名残っている中、慎二は、三上が帰ってしまわないように神妙に目配せして声をかけた。三上は、慎二の気持ちを察して、何も言わずに頷いた。   他の部員が帰るまでの間、三上も、席を立たずにゆっくり写真の整理を行っている。  優斗との待ち合わせ時間は、刻々と迫る。  その前に、三上に少しでも話がしたい——
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