君だから

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 二人の靴音が幾重にも絡み合って響いた。  慎二は優斗に左手首を引かれ、一緒に階段を駆け降りて行く。  夕日が沈みかけた淡い光の中を、沈黙が、ゆっくりと時を動かし、まるでスローモーションのようだ。    慎二は、優斗が来てくれたことが素直に嬉しかった。  その反面、戸惑いもあった。    どうして、来てくれたのか。  どうして、こうしているのか。  どうして……?     次から次へと浮かぶ言葉を全て飲み込んだ。  言葉にすれば、夢から覚めてしまうような、優斗の中に生まれた何か小さな芽を摘んでしまう気がして怖かったからだ。  優斗の手ってこんなに温かいんだ。  今更ながら、肌を通して知ったような気がした。    9月とはいえ、残暑が厳しいのに、優斗の手の熱や滲んだ汗が、全然嫌じゃない。  寧ろ、握られた箇所から優斗の心の奥底に横たわる情熱が伝わるようで、ずっと体全身に感じてたいと思う。  優斗の握られた手の強さも、不器用なほど愛おしくて、まるで自分をさらっていく映画のワンシーンのような錯覚をしてしまう。    ジャージ姿の優斗の背中。  首筋をつたう汗が玉となって光っていた。  こんなにも身近に、恋焦がれていた存在を、今、自分だけが独占しているのだと思うと、優越感に似た気持ちも加わり、胸の鼓動は、ますます激しく高鳴る。  触れた手から優斗に伝わってしまっているかもしれない。が、それでもいい。  ずっと背中を見続けていると、欲深くなるものだ。  優斗は、今、どういう顔をしているのだろう。  知りたいという思いが先行して、背後から微かに覗ける優斗の頬を食い入るように見つめた。  するとすぐに、ほんのり桜色になった優斗の耳たぶに気づいた。  小さいけれと、けなげに主張している。  そうだ——  照れると、決まってそうだった。それは、自分だけが知っている秘密。  優斗の気持ちを自分の都合良く解釈しそうなほど、ときめく胸は最高潮に上り詰める。    一階の出入り口が見えて、慎二は胸のむず痒さで、沈黙を破ってしまいたくなった。  優斗が今どういう表情をしているのか、何を思っているのか。知りたい。それが一番正直な気持ちだ。 「ユウ、着替えはどうしたの?」最後の段を踏むと、慎二は悪戯っぽく笑ってみせた。 「あ、体育館の更衣室……」  優斗は我に返ったように力がふっと抜けて手を離した。左手首には握られた感触がまだ残る。   慎二は少しだけ残念に思ったが、 「着替えないで来たんだ。カバンも置いて来た……」と優斗のはにかんだような笑顔を捉えた。 「体育館の更衣室に?」 「うん、一緒に取りに行ってくれる?」 「うん、いいよ」  優斗の(うし)ろを半歩遅れてついて行く。    こそばゆいほどに胸が疼く。  慎二はシャツの胸元をギュッと掴んだ。
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