君だから

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「うん、そうだけど……」  優斗は、一呼吸、間を置いてから 「部活、早く終わったんだ。それで急いで渡り廊下に行ったら、シンがいないから…… だって、いつもならシンの方が早く待ってるだろ……」と訴えかけるように話す。 「そうだったけ……」  本当は、もちろんわかっている。いつも自分が先に行って優斗を待っていたこと。   それは、あの渡り廊下が好きで、なにより、優斗を待っている時間が好きだったから。  待つことが嫌いな人もいるけど、自分は、全然気にならないし、むしろ、好きな人のことを考えて待っている時間が好きなのだ。  だから、いつも、意識的に、待ち合わせ時間より大分前から待っていた。    でも、今日は、心の僅かな迷いが、いつもどおりの自分になるのを阻んだ。  意識すると今までしていた行動ができないもんだと思う。 「うん……なのに、今日は、シンがいないから……」  優斗が自分の気持ちを測りながら話しているように感じた。 「でも、どうして先に帰ったと思ったの?」  慎二も優斗の気持ちを測りながら、問いかけた。  体は自然と優斗の声がする方へと歩いて行く。  優斗の気配がするあたり、ロッカーの間を覗いた丁度その時、上半身がはだけた優斗の肉体美が、いきなり目に入った。  筋肉質の胸、細いが引き締まった上腕二頭筋。長く伸びた背中。  心臓がドクンと飛び上がり、鼓動が早まる。 「あ、ごめん」慎二は、慌ててロッカーの影に身を隠した。 「それは……」そこで、優斗の声が途切れた。  慎二は、ロッカーを背にもたれ、耳を澄ました。優斗が話すのをしばらく待っていたが、返事がない。  静寂が戻り、かすかな物音だけが響く。  沈黙の時間がひどく長く感じた。    答えにくい質問だったかな。  優斗の本音をもっと聞きたかったのに、愚問だった。  せっかく、優斗が気持ちを正直に話してくれているというのに、答えを焦り過ぎてしまった。    慎二は、目に留まった床の黒いシミを靴のつま先で、何度も(こす)った。  ——とそのとき、ロッカーが閉まり、靴音がして顔を上げると 「シン……」  優斗が目の前に現れた。 「ユウ……」  目と目が合わさり、優斗の真剣な黒い瞳が真っ直ぐに自分を捉える。  骨抜きにされたように身動きができず、慎二は唾を飲み込んだ。
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