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「どうして、シンが帰ったと思ったのか……」
優斗は、ゆっくりと言葉を選んでいるようだった。
瞳は、柔らかな笑みを湛えているが、心が全て見透かされてしまいそうなほど真っ直ぐで、力強い。
「誤解かもしれないけど、今まで、シンが自分を避けてるって思ってたからかな……」
その言葉は、気持ちを隠すことなく、誠実で、慎二は、言い当てられて、返す言葉がない。
誤解なんかじゃない。実際そうだったのだから。
優斗には申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「シン、俺、ずっと、考えてたんだ……」
「え?」
「高宮から告られたってシンに打ち明けた日から、ずっと……」
自分だってずっと悩んでいた。
優斗に嫉妬して、そんな自分が嫌いで、優斗とぎこちなくなって、でもどうしていいかわからなくて……
どうしたら、自分らしく生きていけるのか。どうしたら今までどおり親友でいられるのか。
いつか優斗に好きな人ができたら、その恋を応援しようって決めていたのに、全然できなくて、悩んで……とても苦しかった。
あの暑い夏の日から——
もう随分、遠い過去のように思える。
「とてもイライラして、何に、こんなにイライラするんだろうって、ずっと考えてた」
「優斗が?」
「うん。バスケでミスが多くなって、キャプテンに何悩んでるのかって聞かれたよ」
「へえ……」
慎二は、夏休みに、本屋で偶然会ったバスケ部キャプテンの山口が、確かそう言っていたのを思い出した。
自分だけじゃなく、あの日から優斗も何かに悩んでいたとは、とても意外だった。
「シン、覚えてる? シンにどうしたらいいと思うって聞いたらさ、『付き合いたければ、付き合えばいいじゃん』って言ったのを……」
あれは、もちろん本心ではない。嫉妬してつい言ってしまったのだ。もっとうまい答え方があったはずだが、今思うと、稚拙で恥ずかしい。
優斗はその言葉をずっと覚えていて、気にしていたんだとわかった。
「なんか、やけにつっかかるからさぁ、シンの方が、高宮を好きだと勘違いしてたんだ……」
「だから、それは違うって……」
「うん。でもそれを知ったのは、ずっと後だよ。夏休みに偶然会った時だったよね」
「う、うん……」その後、事の成り行きで告白する羽目になってしまったのだった。
「俺は…… ユウが高宮と付き合っているとばかり思ってた……」
慎二は、やっとのことで今まで言いたかった言葉を絞り出せた。
「高宮にすぐに断ったよ。翌日に。その話もシンにしたいと思ったけど、言うタイミングがなくて……」
「そう……なんだ……」
あの時見た、体育館裏で二人で話していたのはそうだったんだとフラッシュバックする。それなのに、誤解して、嫉妬して、うじうじと悩んでいてばかりいたんだと思うと、穴があったら入りたいという意味がよくわかる。
「そっか、そっか、シンが俺を避けてた理由がやっとわかった!」
優斗は何かがスッキリ晴れたように、ひとりで納得しているようだったが、慎二の方は、優斗が何にイライラしていたのか、まだわかりかねていた。
「じゃあ、シンも俺もお互い誤解し合ってたんだね」
「ユウ、ごめん……」
「ううん、お互いさまだよ。ほんと笑っちゃうね。早く解いておけばよかったなあ。せっかくの夏休みなのに、シンと一緒じゃなくて、全然楽しくなかった……」
自分は優斗が高宮と付き合っていると誤解し、優斗は自分が高宮を好きだと誤解していた。
今だから笑える話だ。
優斗の言う通り、誤解なら早く解いておけば良かった。そうしていたら、いつもの楽しい夏だったはずだ。
あの、暑くて、蝉の声が煩くて、真夏の太陽の日差しさえ、今は、切なくて、恋しい……
「シン……ほんと嬉しかったよ。シンが俺のこと好きだって言ってくれたこと」
「……あ、ありがとう」
性的指向は絶対に知られてはいけない。子供の頃からずっと思っていた。
例え、それが家族でも親友でも。
だから、絶対に優斗には気持ちを伝えまいと決めたいたはずなのに。あのときは、どうしても言わずにおれなかった。
優斗に気持ち悪がれて、親友としての関係が壊れることよりも、高宮を好きだと誤解されたままの方が辛かったからだ。
だから、後悔はしていない。
だが、以前のような関係にはもう戻れないだろうと、ずっと恐れていた。
こうして優斗と話すまでは。
優斗に会ったらなんて話そう。
シミュレーションして、用意していた言葉は、たった今、優斗の言葉で全て無駄になった。
氷がすっと溶けていくように、心の重荷が解かれ、和らいでいく。
今までの辛い思いが全部消えていくようだった。
こういう時、『ありがとう』しか言えないんだな……
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