君だから

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「シン……」  優しく呼ばれ、慎二は、しばらく目頭を覆っていた手を離した。  その視線の先に、優斗が微笑んでいる。優斗の指の腹が優しく頬をなぞり、濡れた頬を拭う。  見つめ合う目と目。  これ以上感じたことがないほど優斗への想いが湧き上がり、沸点へと昇りつめていく。 「シン、キス、したい……」  まさか、優斗からそんな言葉が出るとは……  慎二は、濡れたまつ毛が乾くほど目を見開いた。  優斗は左手をロッカーに突き、顔を近づけてくる。 「ユウ、何言って……る」  唇で言葉を塞がれた。  優斗の柔らかで温かな唇が優しく重なり、ふっと漏れた吐息が時間を止める。  唇を重ねるだけの口づけ。  甘美な時に抱かれ、息が止まりそうになる。  好きな人とのキスは、ただ触れただけで心を震わせ、狂おしいほどに揺るがす。 「ユ……ウ……」  熱く脈打つ鼓動が(ほとばし)り、慎二の体全身を駆け巡った。  唇を離し、その短さの刹那と余韻に浸る。  鼻にかかる吐息も、互いに交わす視線さえも、甘く、心をくすぐる。 「シン、もう一回いい……?」 「え!」 「シン、俺、この日のために、夏休み、キスの練習してたんだ……」 「ばかっ」  優斗は悪戯っぽく笑いながら、子犬のような瞳で、頬を紅潮させていた。 「今度は、もっと、深く……いいよね……」  優斗の手が両肩に伸び、手のひらの温かさが触れた。  返事を待たずに、近づく瞳。優斗にまた唇を塞がれ、目を閉じた。  熱く吸われ、眩暈がする。  体の中心から湧き起こる衝動。熱く、脈打ち、体中を駆け巡る。  強く、激しく、狂おしいほどに互いに唇を貪り求め合う。  慎二の中の貪欲な心が解き放たれ、次第に優斗を求めていた。 「ユウ……」  優斗への想いが、熱い吐息と共に体の奥深くに落ちていく。    こんな日が来るなんて——  これがもし夢で、覚めてしまうのが怖いほど、心が満たされていく。  静かな部屋で、合わせた唇から漏れる(なまめ)かしい声。  このまま二人溶け合って、ここからまだ帰れそうにない。  夏の名残のような、更衣室の汗の匂いが記憶の一部になった。
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