君だから

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              いつもの学校  学校で、優斗と会ったら、普通に、挨拶しよう。昨日のことは、気にしてないように……  慎二は、そう自分に言い聞かせながら、見慣れた道を学校へと歩く。朝早くから鳴く蝉の声の激しさが、昨晩、寝つきが悪かった頭には、無性に、腹立たしく感じた。    いつも以上に、日差しもきつい。  出勤するサラリーマンが足早に追い越して行く。同じ学校の学生たちの笑い声が楽しげに通り過ぎた。    教室で優斗を見たら、普通に話すんだ、普通に……  慎二は、いつの間にか到着していた校舎の玄関で、一息ついた。  下駄箱で内履きに履き替える。そのいくつか先に、優斗の運動靴が揃えて入っているのが見えた。  優斗は今日も朝練かな……  運動部は、朝練があってほんと大変だとつくづく思う。  自分は、いつも帰宅部だったが、高校に入学して初めて部活に入ったのが写真部だった。  部員は、他に同年の男子生徒2名と1年が女子生徒2名と男子生徒2名、計7名の小さな所帯だ。  自分が1年次に入部した頃は3年生ばかりで、その3年生が卒業してしまい、この4月に部長に推薦されたというわけだ。    始業時間までまだ時間はある。ギリギリ行っても大丈夫かな。今日の午後予定しているミーティングの準備でもしておこうか。  慎二は、2階の教室とは逆の、写真部の部室に足先を変えた。  別に、さほどすることはないのだが、なるべく教室に行くのを遅らせたかった。    部長という特権で、退部時にはきちんと返納することを条件に、合鍵を持つことを許されていた。そのおかげで好きな時にいつでも利用できるのは助かった。  部室は、4階の端にあった。最上階で、グラウンドや体育館、近隣の家々も遠くまで見渡せる、見晴らしのいい部屋だ。ここから、望遠で景色や生徒を激写するには格好の場所なのだ。    誰もいない朝の部室は気持ちがいい。    カーテンと窓ガラスを思いっきり開けた。  階下に、グラウンドで朝練をしている野球部の学生たちが見える。夏の甲子園行きの切符を目指して、県大会に向ける練習に活気が伝わってくる。  慎二は、いつものように、望遠カメラを構えてみた。野球選手たちに焦点を当てる。  しばらくして、カメラのフレームを泳がした後、体育館の方へと向けて覗いてみた。  そのとき、体育館から朝練を終えたバスケ部選手がドヤドヤと出て来るのが見えた。  カメラが素早く優斗を捉えた。  ペットボトルの水を美味(うま)そうに飲んで、首にかけたタオルでしきりに汗を拭っている。  一瞬、優斗がこちらを見上げたような気がした。慎二は、思わずドキリとして、窓から咄嗟に離れた。    気づいたかな……  なんだよ、別に、写真部だからいつもやってることじゃないか。    思い直して大きく深呼吸し、もう一度カメラを構えたが、優斗の姿はもうそこにはなかった。  慎二は、しばらく、部室で時間を(つぶ)した後、小走りに、教室へと急いだ。ホームルームが始まる5分前なのに、廊下や教室は、雑談の声で騒がしい。 「あ、ユウ、オハヨ」教室に入るなり、優斗を見つけ、慎二は明るく声をかけた。 「シン、オハヨ」  優斗の様子はいつもと変わらない。額の汗が輝いていた。その様子に、慎二はホッと胸をなでおろした。 「シン、マンガ、もうしばらく借りてていいか?」 「うん、全然大丈夫」大きく手を振ってジェスチャーを交えて答える。  始業合図のベルがなり、席を立っていた者が慌てて席につき始めた。担任の篠原が教室に入って来ると、教室が静まり返った。  授業は、夏休みの宿題の確認などで、サラリと過ぎた。明後日から始まる夏休みに、教室内は浮き立っていた。  休み時間は、優斗と一緒に仲良くつるんでいる仲間のおかげで、うまくきりぬけ、助かった。優斗と2人っきりの気まずい雰囲気にならずに済んだからだ。  慎二は、仲間たちと談笑しつつ、優斗の様子を観察していたが、特に変わったところはなかった。  ——よかった  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 「じゃあ、明日また、よろしく」 「部長、お疲れさま〜」 「お疲れっす」  写真部のミーティングを終え、部員たちが部室を出て行った。夏休み恒例の合宿と、文化祭の企画の話し合いで盛り上がり、昼食後に始めてから終わったのは、もう午後4時近くになっていた。  合宿という名の親睦会は、今年は、山のバンガローで2泊3日を予定している。 「部長、戸締まり、OKです」 「じゃあ、出ようか」  最後まで残っていたのは、1年の三上翔太(みかみしょうた)だった。三上は、部員の中で、別格な存在だ。中学生の頃、全国アマチュアカメラコンテストで2度も準優勝を取った強者(つわもの)だからだ。きっと将来は、カメラマンを夢見ているかもしれない。  慎二は、彼ならなれる。そう思った。  それに引き換え、自分はというと、漫画の主人公に憧れてカメラを始めたなんて恥ずかしくて言えたものじゃない。  三上にとって、この写真部は物足りないんじゃないかと申し訳なくさえ思える。    慎二と三上は、校舎を出ると、正門へと歩いた。練習を終えた野球部部員がグランドで後片付けをしているのが見える。 「みんな、いい顔してますね……」 「え?」  三上が見つめる方向へ、慎二も目を向けた。 「練習中の顔もいいですけど、自分は、終えた後の顔がもっと好きです」と三上が続ける。 「三上が好きな顔って、どんな?」 「終えた後の汗をかいた爽快感、満足や、反省とか、黙々とした中にもそれぞれがみんな表情が違うんです」 「なるほど、そうか……」  三上が言っている表情が慎二も見えた気がした。  確かに、みんな、いい顔している。 「三上って、やっぱ、センスあるっつうか、凄いな……」 「あ、部長、すみません、つい……」 「ハハ…… 部長とか関係ないって。マジ、三上は凄いって思うよ」  慎二は、後輩と少しずつ、打ち解けていくようで嬉しかった。    笑顔の余韻を残し、そのまま目線を自然と逸らした先に、慎二は、見覚えのある人影を捉えた。その瞬間、笑顔が一瞬にして引いていくのを感じた。  優斗だった。  体育館と植え込みの間で、テニス部の高宮と向き合って話している様子だった。優斗の位置からだとこちらは気づかないだろう。    高宮と付き合うことに決めたんだ—— ふとそう思った。 「部長? どうかしましたか?」  慎二は、視線の先を三上に気づかれないよう、すぐに正面へと戻した。 「いや、別に…… そろそろ行こう」  慎二は、次第に急ぎ足になっていた。  三上が変に思ったかもしれない。  そうだとしても、慎二は、早くこの場を去りたい、ただそれだけだった。
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