君だから

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                           心の距離   「夏休みは、家族でどこか旅行にでも行こうか」 「え、お父さん、本当?」 「うん、長期休暇取れそうなんだよ。母さんと、久美子とシンが行きたいところに行こう」 「やったー、お母さん、軽井沢ってどう?」 「涼しくていいわねー、久美ちゃん」  父が早く帰宅して4人で囲む夕食は、いつも賑やかだが、今夜は、夏休みの家族旅行の話題でさらに盛り上がっていた。  慎二は、食事中ずっと、下校時に目撃した優斗と高宮のツーショットが頭の中をリフレインしていた。せっかくの、話題にも、うまく入っていけない。 「シン、おかわりは?」 「もう、いい……」  慎二は、普通を装っていても、さすがに食欲はごまかせない。 「ごちそうさま……」  慎二は、3人の視線から逃げるように、2階の自分の部屋へそそくさと上がって行った。    慎二は、自室に入るなり、大きなため息をつきながらベットにダイブした。うつ伏せのまましばらく固まっていた。息が少し苦しくなり、重たい体を捻り、肘枕(ひじまくら)をして天井を見つめる。    ユウ、高宮と付き合うことにしたんだな……  部活が終わった後、2人で待ち合わせをしたんだろうか。  それとも、ただ、話していただけ?  でも、そうは見えなかった。  親しげに笑顔を交わす2人がフラッシュバックして、胸の奥が潰れそうになる。  もし、そうなら、誰もいないところでコソコソ会う必要はないじゃないか…… 周りには誰もいなかった。  どうしても、思考は悪い方へと流れていく。  心臓の鼓動は早く高鳴り、苦しい。何度も呼吸で落ち着かせようとしても、全く効果はなかった。    2人ともスポーツ万能で、人気者で、お似合いじゃないか。親友なら優斗を祝福すべきじゃないのか。  そう無理やり思い込もうとしても、心は追いつかない。ただ、言葉だけ、空回りしているだけだった。  高宮から告られたと優斗から聞いたのが昨日のこと。慎二は、その心の整理がつかないまま、優斗が高宮と付き合い始めたことに、ショックを隠せなかった。    別に、自分が優斗との恋を成就(じょうじゅ)させるつもりがあったわけではない。このまま、親友でいさえすれば…… 優斗のそばにいるだけで良かっただけだ。  ただ、優斗が誰かと付き合うという現実を受け入れることができるまで、せめて、心の整理ができるまで、数日は待って欲しかっただけなんだ……      それは、自分勝手な願いだったのだろうか……    慎二は、ささやかな願いさえも打ち砕かれ、なんて、現実は残酷なんだと思い知らされた。    いや、本当は、優斗は高宮とは付き合わないと、楽観的に思い込んでいたのかもしれない。  どうしてそう思い込んでいたんだろう。  慎二の頭の中で、いろんな思いが交差した。  次第に、納得がいかない気持ちがむくむくと湧き上がり始める。  ——ちょっと変じゃないか?    優斗は、高宮に告られて、どうしたらいいかって、昨日自分に相談したばかりじゃないか…… なのに、もう付き合うって……    それって、いくらなんでも早くないか?    矛先(ほこさき)は、優斗に向かっていく。  それとも、やっぱり、自分の思い過ごしなのか?  心は、シーソーゲームのようにいったりきたり、定まらない。  しかし、結局は、親しげな2人の笑顔に、悪い結論へと達してしまう。  結局、ユウは、高宮と最初から付き合うつもりだったんじゃないだろうか。 自分に相談したのは、ただ、親友である自分のお墨付きが欲しかっただけじゃないのか。  むしろ、優斗への疑いとともに、イライラの方が募る。    っ、なんだよっ!    慎二の心は、割り切れない気持ちで溢れた。  そうか——   優斗は、最初から高宮のことが好きだったのかもしれない。本当は告られたのが嬉しくて、でもそれを、「どうしたらいいかな……」とああいう形で遠慮がちに打ち明けたものの、こちらの反応が悪かったから、バツが悪くて本心を言い出せなくなってしまったのかもしれない。    ……ありえる。  根拠もない妄想が次から次へと浮かび、慎二は、現実と妄想との区別がつかなくなっていた。    だから、優斗は、自分には内緒で、そのまま付き合うことにしたんだ。  手を繋いで楽しそうな優斗と高宮の笑顔までも(つく)り上げる。  自分だけが、バカみたいだ——  そう思った途端、女々しい自分、バカみたいな自分、ドス黒く覆われた自分の嫌悪感と惨めな気持ちが複雑に入り混じり、悔しさで慎二は顔を両腕で覆い隠した。  慎二は、初めて、優斗に裏切られたような気がした。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  どれくらい時間がたったのだろうか。そのまま寝てしまったらしい。うつろな頭で、半身になり、視線を彷徨(さまよ)わせた。枕元の時計は、午前1時をとっくに過ぎていた。  寝ぼけた体をベットから引きずり、つけっぱなしになった部屋の明かりを消して、机の上の携帯に手を伸ばした。  ずっと電源を消したままにしていたらしい。  電源を入れると、メールが入っていた。    『明日部活ないから、帰りにシンの家寄っていいか?』    優斗からだった。  忘れかけていた胸の奥の痛みが、また疼いた。  高宮と付き合うことにしたとでも自分に報告するつもりなのだろうか……?  今わかった。  何に、どうして、こんなにも心がイラついているのか。  優斗が高宮と付き合ったことはもちろんショックだが、それ以上に、自分を傷つけているのは、先に自分に話してくれなかったこと…… なんだと。  今は会いたくない——    ずっと親友だった優斗との距離が、だんだんと遠くなっていくように感じた。        
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