君だから

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 写真部の集まりまで、まだ時間はある。慎二は、腕時計で確認すると、1階の自販機コーナーへと階段を駆け降りた。  教室を急いで出た直後まで、心臓の鼓動は早かったが、徐々に治まりつつあった。    いつもの自販機から勢いよく缶コーラを出し、お気に入りのあの場所に向かう。  誰もいないことを願いつつ、渡り廊下へと校舎から出た。    良かった! 誰もいない。  木陰が渡り廊下を覆い、涼しげに風を運んで来た。一方、グラウンドは、眩しいほど真昼の日差しに照らされ、二つの空間の境目がくっきりと分かれている。  慎二は、自分だけの特等席を陣取ると、冷たく汗をかいた缶コーラの蓋を勢いよく開けた。プシュッといい音がして、口に含んだ途端、喉を鳴らしながら続けて飲んだ。  乾いた喉に炭酸が染み渡っていく。  自分でも驚くほど、喉がこんなにも渇いていたんだと思った。思わず大きく「ハー」と声に出してしまった。  またグッと、コーラを喉奥に落とす。  喉の渇きが治まった頃には、コーラはもう半分ほどになっていた。  やっと周りを眺める余裕ができ、コーラをゆっくり味わいながら遠くまで見渡した。真夏の太陽が誰もいないグラウンドをジリジリと干上がらせている。  遠く視線の先に、チラホラと下校する生徒が歩いて行くのが見えた。  慎二の周りだけがまるで別世界のように、心地いい風が吹いて、とても穏やかな気持ちになる。渡り廊下の塀にもたれかけるようにしてしばらく佇んでいた。  風が、髪の間をサラサラと流れていく。吹かれるまま、風に自由に任せていた。  『シンの髪ってサラサラだよな』と、この場所で、いきなり優斗に指先で触れられた、あの日のことが鮮やかに蘇る。  優斗にとっては、髪質を誉めるくらいなんでもないことかもしれない。  でも、あれから何度、脳内で巻き戻して再生したことか。  優斗の声、指先の感触、笑顔、あの瞬間、胸がキュッとした感覚全てを……  目を閉じるとまたあの時と同じ、キュッとして熱くなりかけた胸に、コーラをグッと飲み落とした。    視界を戻したその先に、タイミングよく、優斗の後ろ姿が見えた。数名の男子生徒と(たわむ)れながら正門へと歩いて行く。笑い声が遠くかすかに聞こえてくる。  胸が痛み始めるのを抑えたくて、慎二は慌ててコーラを喉奥に押し込めるように全部飲み干した。   「部長…… 部長……」 「あ、三上!」急に横から声がした。慌てて振り向くと1年の三上が立っていた。  慎二は、無防備にも、感傷に浸っている様子を見られてしまったのではないかと少し焦った。 「部長、休憩ですか?」 「うん、まだ、時間あるし、コーラ飲んでた」慎二は、空になった缶を振って見せた。笑顔で取り繕い、気持ちを切り替えようとした。 「自分も休憩です」三上も缶コーラを目の前に出すと、隣でプシュッといい音を立て、勢いよく喉に流し込んだ。いい飲みっぷりだと思わず感心してしまうほどだ。 「ここ、気持ちいいっすよね」グラウンドを見つめながら三上は間を置いて、また、コーラを勢いよく飲んだ。 「うん」 「俺もここ好きです」 「え? 俺も?」三上が俺と言ったことが気にかかった。 「部長がここにいるのをよくお見かけするんで、多分自分と一緒かな〜って」  ああ、そういうことかと、慎二は思った。自分だけの特等席だと思っていたが、同じように思っているやつがいたとは……   でも、不思議と自分の秘密基地を知られた寂しさや取られたような気持ちには全くならなかった。どちらかというと、三上と共有できて嬉しい心持ちさえする。 「うん、ここは特等席なんだよな……」 「特等席か…… いい表現ですね!」 「だろ……」素直に肯定してくれる三上に、自分も素直に嬉しい気持ちになった。 「……あ、もしかして、三上の特等席、俺がいつも奪ってた?」 「部長、全然、大丈夫ですよ」 「そっか、なら良かった。俺がいても遠慮しなくていいからさ」 「了解、部長もですよ」  今は、こんな些細な会話が、慎二の心を和ませた。 「三上、そろそろ部室に行こうか」腕時計を見ると、ちょうどいい時間になっていた。 「行きますか」  慎二は、先ほどまで取り繕っていた笑顔が、自然な笑みに変わっていた。
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