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「おい、帰るぞ!」
このところ、
暫く高井は姿を見せなかったのだが…
仕事が早く終われた日には、いつも、
高井は、同じ本社に居る、妻の亜弥では
なく、茉由と一緒に帰ろうとする。
が、この日は、
「GM?あっ、
お疲れ様でございます。
私は、電車で帰りますので、
大丈夫です。失礼します」
茉由は、
頭を下げると、通路で待つ高井のその、
すぐ横をすり抜け、独りでエレベータ
に乗った。
「 ... ... 」
高井は、
躰の向きは変えずに、眼だけを動かし、
その失礼な茉由の態度をそのままにした
が、
茉由が一人で乗り込んだエレベータの方
を見る事もなく、エレベータの扉が閉ま
ると、その音で、一瞬、右の眉を上げ、
表情を曇らせた。
高井に逆らったことがない茉由なのに、
茉由は、こんな事をしでかして、
大丈夫なのだろうか…
でも、怖い高井に逆らってまでも、
茉由は気にしている事がある。
先日、
佐藤に電話で窘められたこと、を…
―
茉由は、
関西に居るはずの佐藤が、茉由の事を、
なぜか、知っている ? 視ている ?
ようで、
そんな、
佐藤のことが分からなくなって、
それを確かめようと、電話をしたのに、
茉由の訊きたい事とは違う返事はするし、
反対に、
自分の訊きたい事、云いたい事を、
佐藤は喋る。
「翔太? どうして、
連絡くれなかったの?
私、何度も、
翔太にしてるのに…」
『 あー、ワルイ!
で、なに?』
「『 なに?』って?
なに?」
『 なんだ? おまえ、
変だぞ、大丈夫か?』
「えっ?」
『 じゃなくて…、
ホント、なに?』
「あ~ ごめんなさい。
でも、なんで、翔太は、
私に、花を贈ったり…
親知らずの事、
咲に頼んだり…
通勤電車の事云ったり…」
「私に花? なんで、
こんなことがあるのか
分からないから…」
『 何言ってるの?茉由、
おまえ… ちゃんと、
話せよ、言いたいことが、
分からないぞ!』
「うん! だから!
私、分からないの!」
茉由は、
頭の中がグジャグジャのまま喋っている。
佐藤は、とぼけているのだろうか、本当
は、茉由が何を言いたいのか分かるはず
だが、
ワザと、
茉由に話をさせているのだろうか、
『 あぁ~、茉由?
そうか…、なんだかサー、
おまえの処に、
花がいっぱい贈られてきた
みたいだからサー、
なにか、あったのか
と思って…、
俺も花を贈ったけど、
そんなこと?』
佐藤は、
茉由のたくさんの疑問の中の、
一つに、だけ、答えた。
でも、
これだって、スッキリとはしない。
「そんな事…」
『 茉由?
大丈夫かぁ?』
「なにがぁ~?」
茉由は不機嫌だった。佐藤の答えでは、
茉由はスッキリとはしないし、なんだか、
茉由の方がおかしい様に、佐藤が云って
くるのも、嫌だった。
「おかしい」の、は、佐藤の方だと茉由
は云いたいのに、上手く言えない。
茉由は、「自分宛じゃない」、昇進した
夫へ贈られてきた、華やかな、明るすぎ
る雰囲気を出した花だらけで狭くなった
リビングで、
独り、ポツンと、スマホを睨みつける。
「翔太?
おかしくない?」
『 なにが?』
「だって!」
『 おまえ、
GMと、どうなったの?』
「なんで?」
『 送って、
もらってんじゃん!』
「だって、
仕事…」
『 ホントに
仕事か?』
「……」
『 茉由?
おまえ…』
「なに!」
『 帰ってきたら、
ちゃんと、子供たちの事、
抱きしめてやったのか?』
「…なんで、そんなこと、
翔太に云われるの!」
『 茉由?おまえ…、
帰ったら、
子供、抱きしめる事に
してたじゃん、あれは?』
「だから!なんで、私、
翔太にそんなこと云われるの!
関係ないでしょ‼」
『 あぁ~?だって、
おまえ、母親じゃん!』
「もう、翔太、嫌‼」
―
茉由は、
気持ちがコントロールできなくて、
反射的に、勝手に、話を終わらせた。
疲れと…、怒りと…、恥ずかしさ…
なんだか、
イッパイイッパイ、に、なっていた。
もう、これ以上、
佐藤に何か云われたくはないし、
話したく、は、なかった。
茉由は、その場にへたり込んだ
…どうして…
茉由の眼からは、涙が、粒にはならずに
溢れ出てくる。呼吸が浅くなる。苦しい
し、耳が熱い、眼が熱い、スマホを握り
しめてた掌が熱い、鼻の奥が痛い。
佐藤から、子供たちのことを云われると、
茉由は、自分が分からなくなった。
佐藤の事が
分からなくて、連絡をとりたかったのに、
違う話、自分の話になってしまったので、
ますます、
茉由は、混乱して、分からなくなる…
「おかあさん?」
下の子の声が、茉由の真っ赤になった耳
に突然、入ってきた。茉由は取り乱して
気づかなかったが、茉由の異変に気付い
た子供たちが茉由に近づいてきた。
「ただいま…」
茉由は、俯いたまま、子供の声に応えた。
「どうしたの?」
下の子は、茉由の目の前にシャガンデ、
心配そうに顔を覗き込む。お兄ちゃんは
少し離れて黙ったまま佇んでいる。
「お父さんが、
大学病院の教授に
なったのよ、
凄いわね…」
茉由は…、リビングを狭くしている、
色とりどりのアレンジ花と、胡蝶蘭
たちを眺めながら、呟いた。
「おかあさん、
うれしいの?」
「そうね…」
小学生の子供には分からない?母が、悲
しくて泣いているのか、嬉しくて泣いて
いるのか、
これは、疲れているのか、嬉しい知らせ
に喜んでいるのか…、
でも…子供たちだって…
茉由は、下の子を抱きしめて、その子と
一緒にリビングから出ると「バーバ」を
探す。お兄ちゃんは、心配そうに、母の
後ろについている。
茉由はそんなお兄ちゃんに気づき、力な
く微笑み返した。
「大丈夫よ…」
母の穏やかな声に、お兄ちゃんは、
心配しつつも静かに肯いた。
「お母さん!もう、
皆、夕食は食べたの?」
茉由は、
いつもよりも大きな声で叫んだ。
気分は落ち込んでいても、子供には、
全く、関係がないから、
「もう?食べたわよぉ~」
茉由の母は、
訊かれたことにだけ答えるように、
キッチンから叫んだ。
「じゃぁ~、
もう、私も休みますぅ~」
茉由は、子供たちと向かい合ったが、残
念にも、重い空気は変えられずに、自分
の前に並んだ子供たちを抱きしめるだけ
だった。
子供たちも母を心配し口数は少ないまま
だが、もっと、もっと、気を使ったのか、
暫くして茉由が離れると、もう、なにも
茉由に訊かないまま、静かに、子供部屋
に入っていった。
茉由は、
子供たちと離れると、足早にバスルーム
に入り、いつもよりも長い時間、
シャワーを流しっぱなしにして…
そんな、
水音で、気持ちが落ち着いたのか、
寝室で一人、クイーンサイズのベッドの
端に、小さく、腰かけている。でも…
ため息を何度も繰り返し、眼を閉じた
まま、まだ、横にはならない。
茉由は、夫の念願だった、一生の一大事
よりも、少し前まで寄り添っていた高井
の別れ際の呟きよりも、さっきの、佐藤
のあの言葉が大きくて、眠れなかった。
―
茉由は、
子供たちのことを云われると、
いつも不安で、
苦しくて、
辛い。
茉由は、
この日以来、高井が迎えに来ても、
眼を合わせずに挨拶だけをして、高井が
来ない日も含め、自分の仕事が終わるタ
イミングで、独りで、真っ直ぐに、自宅
へ帰るようになっていた。
それでも、マリンは…
「GMお話があります」
営業本部の本部長席の前には、
マリンが立っていた。
「なんだ、いきなり…」
高井は、
突然のマリンの申し出に、右の眉を
上げ、不機嫌さをだした。
「申し訳ございません。では、
GMのご都合の宜しい時に、
少し、
お時間を戴きたいのですが…」
「わかった…」
「失礼いたします」
「……」
マリンが高井のdeskから離れると、
クルっと椅子を回し、
高井は外の景色を眺めている。
何かを考えているのだろうか…
マリンは、
田中真凛。入社5年目の社員で、
今は、営業本部の、業務課の主任。
ここ、
高井が居る営業本部の下のfloorの、
研修会場で、そこを任されている係長の
茉由の下、そこでの、ほぼすべての業務
で、マリンは中心になって頑張っていた
はずなのだが、
急に、ワザワザ、自分のfloorから出て、
直接、営業本部のTOPのところにまで来
たのは、よほどの事があったのだろうか、
高井は、何かを感じ、暫く、外を眺めな
がら、それに考えを及ばせているようだ。
そして、
「マリン君、チョッと…」
高井は自分のdeskから離れ、下のfloor
の研修会場を訪れると、中までは進まず
に、入り口近くで、マリンを呼び出した。
その場には、他のstaffたちも居る。
その中に居る、
茉由は、高井の様子を目で追う、
「はい…」
マリンは席を立ち、通路に出た。
高井は、
マリンとどこかに行こうとしたが、すぐ
に立ち止まり、ここに残されたstaff達の
方に向かい声をかける、
「先ほど、マリンから、
話があると云われた。
上の会議室で、話を聞くので、
席を離れる。
時間は…、20分ほどだ。
良いな、マリン?俺は、
そのくらいの時間しか
とれないからな、
話は、短くしろ」
「はい、
承知いたしました」
高井は、マリンと、茉由を納得させる。
「…はい」茉由は了承し、
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
「いってらっしゃいませ」
staffたちは声掛けをし、
「よろしくお願いいたします」
マリンも皆に挨拶をして、高井の後に
ついていった。
茉由は、その二人の後姿を確認したが、
マリンの上司として同席は望まなかった。
自分は…
必要がないから高井に呼ばれなかったの
だと…
二人は一緒にエレベータで上へあがり、
マリンは、
20分を与えられた会議室に入った。
この会議室は、営業本部の上のfloor、
本社の最上階にある小会議室。
ココ、本社の最上階のfloorには、
社長の部屋もある。
ココには、
社長の部屋と、社長秘書の部屋と、
応接室、大小二つの会議室などがあるが、
社長以下の重役たちの部屋は、この下、
営業本部と同じfloorにある。この会社は、
会社を支える、
営業本部を大切に考えている。
高井は、その、営業本部の本部長。まだ
着任したばかりだが、本社では、営業の
人間が強いのだから、高井の考えはこの
本社では無視できない。
高井は、何かにつけて、
このfloorに足を運ぶ。
そして、
この小会議室は、常々、よほどの話を
する会議室だった。
高井は、会議室にマリンが入った後に、
ユックリ入ってくると、ドアを閉めた。
いま、
この会議室には、高井とマリンだけ。
男と女二人だけならば、ココのドアは、
開けっ放しが良いのかもしれないが、
後から入った高井は、いつもは用心深
いのに、なぜかドアを閉めた。
高井は奥に進み、ゆっくりと席に着く、
マリンはドア近くに立っていたが、
その様子を確かめると自分も腰かけた。
その席は高井とは向かい合っている。
この二人の距離は、
ココは、
20名ほどが入れる小会議室なので、
大きくはないが、この二人の距離は、
それほど近くもない。
「 …話とは?」
高井は、時間を気にしたのか、
すぐに、マリンに尋ねた。
「お忙しい中、
申し訳ございません。
私事の話ですが…」
「 あぁ…、構わん」
高井は催促するように口を挿む。
「ありがとうございます…
実は、私、いまの仕事は、
もう5年になりましたので、
そろそろ、外にも出たくな
りまして...」
「 …外に、か?」
「はい、いまの仕事では…、
様々な、各、研修、参加者の
方々に対応するだけではなく、
私も、一緒に、立会い、
その、つど、研修を受けて
まいりました、ですから…」
「 …ほぅ、自分だって
接客くらい、できると...」
高井は、
向かい合ったマリンとは目を合わせ
ずに、足を組み、斜に構え、窓の外の、
都会の高い景色、それぞれ背の高さの
違う、ビルの頭を眺めている。
けれど、対応時間を短くするために、
ドンドン、話を、進めたいのか、聞き
役の割には、いちいち、口を挿む。
「いえ…、恐れ入ります、
ですが、
仕事の幅を広げたいと
思っております」
「......」
高井は、暫く黙り込んだ。
「……」
マリンも、いったん黙る。
今度は、高井が、声を出した、
「 何かやりたい事でも
あるのか…」
「いえ、とくに、
具体的には…」
「 そうか…」
マリンの返事を聞いた高井は、また、
しばらくは黙ったが、ゆっくりと腰
かけていた椅子を回すと、マリンと
向き合った。
「 君の事は、仕事ができる、
優秀な社員だと思っているが、
これは…、突然すぎるな、
なにか、あったのか?」
高井は、
何かを警戒してか、マリの気持ちを
確かめた。
「はい…」
「 なんだ?」
マリンは一瞬口を閉じたが、やはり、
ためらいながらも、「自分の思い」
を口にした。
「いえ…、あっ、ですが…、
失礼ながら、
GMと茉由さんを見ていると、
少し... 」
「 …おかしい
…か ...」
高井の突っ込みは早い。
「......」
「 …いいから、
言ってみろ 」
高井は、
意外にも、穏やかな笑みをマリンに
魅せた。
「恐れ入ります。…先日、
茉由さんから、亜弥さんを
紹介されまして...、
亜弥さんは、とても素敵な
方だと思いました…、
ですが、茉由さんは、
そんな亜弥さんを、GMの
奥様だと私に紹介したのに、
ご自分はGMと、
仕事が終わると一緒に…」
「 …そうだな 」
高井は、右の眉を上げた。
茉由も、最近は、自分の思うようには
ならなくなっていたのに、
高井には、
マリンのこの話は、随分と、耳障りだ。
けれど、
上司である自分にも関わる事を、
高井からしてみたら、こんな、小娘、
まだ、入社5年目の女子社員が、意見
しているのに、
高井は、云われた事にも
否定もしない。
そのまま、マリンに喋らせる。
「私は、そんな人の事、
理解できません…」
マリンは、
茉由のことを言ったはずなのに、
表情を変えて、無礼にも営業部TOPの
高井を、少し、睨みつける。
「 …フッ」
高井は、
そんなマリンに、動じる事もなく、
ふてぶてしくも、腕組みをして胸を
張り、上司の威厳を魅せるように?
上半身を反らせ、
ワザワザ、きめのポーズまでだし、
顎を上げ眼を細めてマリンを視る。
高井は、右眉を上げ、
「 今のままでは、
働けないと?」
マリンのことを上から目線の物言い?
で探る。
「…はい」
マリンはひかない。
「……」
高井は顎を上げ、目を細めたまま、
マリンをジッ!と見る。
しばらく沈黙したまま、
自分がなぜ、茉由を特別扱いするのか
にも触れない。べつに、自分の下の者
には、どう、
思われても良いと思っているのか、
これでは…、
高井だって当事者なのに、どこか、
他人事のようにも見える。
高井はこのまま、目の前のマリンに
上司としての態度をとる。
「...分かった、では、
君には、
接客の仕事についてもらう、
ただし、暫くは、兼務として、
今の仕事もしてもらう…」
「…はい」
マリンは、何も訊き返さずに肯く、
「 君には、
グループの管理会社に
出向してもらう、
仕事内容は、
『マンションコンシェルジュ』だ、
できるか?」
「はい、研修会場では、
マンションコンシェ
の方々の、研修も
行っておりますので…」
「あぁ、そうだな…、
物件ごとのサービス内容には
違いがあるが、君なら、
すぐに覚えられそうだしな…、
それに、君には、
『エリアサポート』として、
活躍してほしいんだ」
「はい?
色々な物件に入るんですね…」
「 あぁ…」
高井は、
マリンの気の済むように、興味のありそ
うな仕事を与えた。けれど、マリンのこ
とを考えた、だけ、ではない。
これには、これだけではない、
高井の考えがあった。
「 それと…、もう一つ、
あっちに行ってからも、
営業本部にとって、重要な、
仕事を頼みたい…」
「はい?
営業本部にとって、
ですか…」
「 あぁ…、君には、
営業本部の人間として、
往ってほしい、だから、
君だけの…仕事を用意する…」
「……」
マリンはキョトンとしたが、高井は、
マリンがしばらくの間は、まだ、本社
に居るのだから、ここでは、含ませた
言い方しかしない。
「 では…、あとで、
詳しい内容を伝える。
もう、そろそろ…、
約束の、20分になる。
仕事に戻りなさい。それと、
暫くは、兼務だからな、
ここへも来てもらう」
「かしこまりました」
「 あぁ…、それと…、
君は、
亜弥と対面したと云ったが…」
「はい、
ご挨拶だけですが…」
「 そうか…、
君が心配したその亜弥は…、
知っている、こと…、だがな…」
高井は、釘を刺すように?
けれど、
表情はかえずに、
淡々と、云うことを、
「効かせる」
「エッ?…そう…、
でしたか…」
マリンは少し驚いたが、一瞬、考える
様子を見せた後、頭を下げ、
高井をココに残しても、気にすること
もせずに、1人で会議室を出た。
マリンは、
自分と「違う人間」も、この会社には
居る、事が分かったのだろうか。
マリンは聡明だから、自分の為に、茉由
の事を持ち出し、駆け引きをしたわけで
はないが、
たとえそうだとしても、高井は、これく
らいの話では、どうにもならない。
ただ、今回は、高井にとっても、
ちょうど良いタイミングだっただけだ…
マリンは、一月後、グループの管理会社、
その、東京本部へ出向し、
マンションコンシェルジュ、
エリアサポートの仕事に就いた。
そして…、
マリンが抜けた後の研修会場は、
名実ともに?そこの責任者の茉由が
仕切る事になるが…
高井は、
マリンの退室を確認すると、何かを
考えながら?マリンへの口実にした
「時間」
を気にすることもなく、ゆっくりと、
会議室を出て、
社長室前の廊下のコーナーを、
確かめる様に、
しばらく、その鋭い目を向けている。
高井は、
細かい処にも目を配り、
デッドスペースも見落とさない。
その1週間後、
社長室前のそこには、黒艶マーブルの
重厚なカウンターが設置された。
その上には、
残暑の中でも涼しげな、ブルー系の、
デルフィニウム、ブルーローズや、
ホワイトローズ、ユリなどの清楚な
花が飾られている。
高井は、
贈る花に気持ちを込める事もする。
デルフィニウムの「清明」、真っ
白いバラの「心からの尊敬」の花
言葉は、社長に向けられた高井の
気持ち。この、着任したばかりの、
一時の…
ちなみに、デンファレの花言葉は、
「わがままな美人」
これも、後ほど…
「 おい咲‼ 翔太のやつ、
しくじったらしいぞ!」
「 うん… 社内報見て、
ビックリした!」
「 なんで…、あいつ、
俺に何も云わないで…」
「とにかく、同期、
集めようよ!」
「 あぁ、そうだな…」
帰宅した佐々木は「ただいま!」も言
わずに、
佐々木の帰宅を待っていた咲に向かい、
ずっと堪えていた、この日の、溜まり
に貯まった思いを、一気に吐き出した。
この日、
佐々木は、ただの同期だけではなく、
同じ営業職で、自分よりも出世が早く、
優秀さを認めていた佐藤の、グループ
会社への出向を知って驚愕した。
佐々木は、何も知らなかった。佐藤に、
何があったのか、
佐藤が何かシデカシタのか、それとも、
解決できない困った事があったのかも
分からない。
佐藤からは、相談もなにもなかった…
数日後…
「 ヨオッ!ッテカ、
ゴ・ブ・サ・ター!」
佐藤は、
ケロッ!とした顔で、同期達が集ま
っている咲の処へ登場した。
佐藤は、
もうこっちへ還ってきていた。
正式な辞令が出て、すでに、仕事場も
変わっている。
佐藤は、
グループ会社の中の一つ、茉由たち
が在席する本社の1つ先の駅にある、
管理会社へ出向になり、所属は、
管理会社の東京本部、第2事業部、
コンシェルジュサポート室
になっていた。
この管理会社は、茉由たちが勤める
会社が「本体」で、そのグループ会社
なのだから、
毎年、出向する者は多いがそのほとん
どは、年度末に往くことになる。
だから、
佐藤も、本体からならば目立たない
ようだが、佐藤の年齢や、この時期
からすると…、と、推測されてしま
うので、佐藤は、けっして居心地は
よくないはずだが、
意外にも、
同期達が神妙な面持ちで集まった
中に、ケロッ!として登場した。
「 やっと、こっちに還って
これたんだぜ、喜んでくれよ!」
佐藤は、
サバサバした感じで叫んだが、その
大声を聴いても、皆、顔は引きつっ
たままで、笑えない。
久しぶりの同期会は、
こんなスタートだった。
今回の同期会も、宅飲み、で、皆は、
咲の処に集まった。佐々木も居座った
ままだし、本社からも近いから。
「 ゼンゼン知らなかったけど…、
それって、急だった?」
梨沙は、
営業部ではなく修繕部だったので、
「知らなかった」って、ことはあるが、
それでも、営業担当の佐々木も、本社
の営業本部の茉由も知らなかったし、
佐々木の妻で、同じ本社の建設部の咲
も知らなかった。
「 まぁ、な…、俺、
やっちまったからな!
今回はサー…」
佐藤は、
明るく、ケロッ!としてはいるが、
何か「シデカシタ」と皆に白状した。
「 なにを!」
咲は、心配顔で、すぐに突っ込んだ。
「 あぁ…、今回は、
俺が悪かったって、
自覚してるから、
文句は言えない…」
「 だから何をしたの?」
梨沙も、
珍しく、酒が入る前に口をはさむ。
「 まぁ…、いいじゃん…」
『 プシュ! 』
佐藤は、
料理と共にテーブルに出されていた
ビール缶へ勝手に手を伸ばし、それで
口をふさごうと、独り先に飲みだした。
「 ビールはいいけど…、
それじゃあ、分からないじゃん!」
咲は、
佐藤の前にビールをさらに並べて、
佐藤がビールに手を伸ばし易くして
あげながら、再び強く、突っ込みを
入れる。
ここには、
佐々木と茉由もいるが、二人とも、
口を閉じたまま、咲や梨沙とは違い、
声を出さずに、様子を窺っている。
佐藤は、
皆が心配する中、ただ、ニヤニヤし
ながらビールを飲んでいた。
佐々木は、
佐藤が優秀な営業マンだと思っていた
ので、仕事で失敗をして飛ばされた、
とは考えられないし、
真面目な佐藤は、梨沙とは違い、生活面
でも問題を起こしそうだとも思わなかっ
たので、
全く、飛ばされた原因を想像できずに、
様子を窺いながら、なにか、考えている
ようで、
無表情だが、男同士の同期としても、同
じ営業担当としても、佐藤から、なにも
聴かされていなかった事にもショックも
受けていた。
そして、
もう一人…
茉由は…
ここに居ても、
戸惑っていた…
この同期会に、佐藤の為に、皆と一緒に
集まっていても静かに後ろに隠れる様に、
なるべく、目立たずに、小さくなって、
ジッと、黙り、直接は、佐藤に関わらな
い様にしていた。
このところ、
関西から、
佐藤よりも早く戻ってきていた茉由には、
不可思議な事が、続いていた。
―
ある日、
気づくと、関西に居る、
佐藤からのメッセージが入っていた。
『 茉由、おまえ、
電車通勤じゃなかったのか?』
…なんだろ…これ… ―
『 それだけではなかった…
ランチタイムの時も 』
―
どんなときにも、仲の良い、咲と、
梨沙と、茉由の三人は揃って立ち
上がり、社へ戻ろうとする、と、
突然、
咲が思い出したように、振り返り、
最後尾にくっ付いている茉由に、
ゼンゼン関係ない話を急ぎ伝えた。
「 あっ!そうそう!茉由?
翔太が心配してたよ…、
『 茉由は、怖がりだから、
親知らずが痛くても、
冷却剤ジェルシート貼って
ゴマカシテルけど、
チャント、
歯医者に往けって!』
少し、
私に視てやってくれって、
大丈夫?往けるよね?」
「 えっ?なんで、咲に?」
…なんで、また、
親知らずが痛みだしたの
翔太が知ってるの?…
「 うん、昨日、翔太から、
メッセージが入って、
心配してたから、でも、
『 茉由のスマホに入れれば
いいじゃん⁉』って、
送ったけどけど、
返してこないから、私から、
伝えたけど…」
「なんでだろー」
茉由は、
念のため、自分のスマホを確認した
が、佐藤からのメッセージはなかく …
佐藤の不可思議な行動は、
それだけでもなかった…
―
「 でも、なんで、
梨沙は…、
知っているの?」
茉由は、何も話してはいなかったのに、
梨沙が、なぜか佐藤の「事」を知って
いるのかが不思議だった。
「 うん、この前、翔太が、
茉由の、
親知らずを心配して、
咲のスマホにメッセージ
入れた事、あったじゃん、
何で、咲に、って、
思ったんだけど、
私のスマホにも、
翔太が入れてきて…」
梨沙は、スマホのメッセージを茉由に
見せた。
『 茉由は、
仕事が終わると
誰と帰っている?』
「 ね?だって!」
梨沙は、少し冷めた表情で茉由に佐藤
からのメッセージを圧しつける。
「 私と茉由は、途中まで、
方向が同じだし、
一緒に帰っていると
思ったのかな?
でも、分からないから、
電話したら…」
「 そしたら、『関西では、
自分が、茉由を送っていたから、
茉由は、独りで、
電車で帰れるのかが心配だ』って
云うから『子供じゃないし』って、
突っ込んでみたけど」
「 それでも
『 だってあの、茉由だぞ!』って、
かなり、大げさに心配してるし、
だから、私が知らない、関西で、
なにか、あったのかな?って、
思って」
「 そうなの?
でも…」
茉由は困惑する。
親知らずの心配の時は、咲で…、
通勤の件は梨沙で…、この間の電話で
も佐藤は自分の云いたい事だけ言って
くるし、
…なんで…
茉由は首をかしげる…
「 なんで…、
咲と梨沙にまで…」
「 それって…、かなり、
マジで、茉由の事
心配してるんじゃない…、
私と、梨沙に、
茉由の事、護らせ様と、
してるんじゃない?」
「……」 ―
佐藤は、お構いなしに、
茉由に強く干渉してくる。
それも、
何を考えてそうしているのか、
茉由に直接云ってくるだけではなく、
咲や梨沙も巻き込む。
これでは、
茉由と佐藤だけの二人での事では
なくなってしまうのに…
―
茉由は、
たとえ仲の良い二人から、自分が心配を
されて云われたことでも、佐藤を、同期
以上には考えられないし、このところ、
いろいろ、いっぺんに分からない事が増
えてきて、
自分は混乱していているのに、ここでこ
の話を、もう、これ以上されたくはない。
「どうして?
思われたら、
思ってあげなきゃ
いけないの?」
ついに…
茉由は乱暴に言い放ってしまった。
これに二人は…
「 ちょっと、それ、ムカツク!」
梨沙は怒り、
「 ちょっと、酷いね」
咲も怒った。
「……」
―
茉由が困っている事はこれだけでもない。
咲や梨沙が知らない事でも、茉由自身も
まだ佐藤が関わっているのかどうか分か
っていない事でも…
茉由は、気持ちが追いつめられて、
つい、少し乱暴?な事を、咲や梨沙の前
で言ってしまい、二人の気分を害してし
まった事があるので、
もう、佐藤の事では、咲や梨沙に、自分
の気持ちを言えないでいる。
それに、いまは…
同期の皆は、佐藤を、心配して、
ここに集まっているのだから、
茉由は、
ここでも、自分だけの、
気持ちを出せないままでいる。
茉由は、
せっかくまとまっている同期達を
自分のせいで、バラバラにはした
くない...
それでも…
こうやって、
実際に、すぐ目の前に、
佐藤に居られると、
皆には言えないけれど、
茉由は、気持ちが乱れたままで、
佐藤が... 恐い...
茉由は、
頭の中がグジャグジャなまま…
こんなに…
茉由の表情が暗くても、
ここに居る皆は気づかない。
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