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床が急につめたく感じられた。裸足だった。そういえば靴下をはいていない。どこにいったのだろう自分の靴下は。床にはどこにも落ちていない。とするとベッドの中だろうか。シーツにでもくるまっているのだろうか。
「佐々木さん、酔っ払ってたみたいだし、その」
新井はせわしなく頭に手をやっている。さらさらした髪の毛を指の間にはさんで何度も揉みこんでいる。髪の毛に手をやるのは彼のくせだ。仕事中も、よくこれをやっているのを見る。
トイレの水の音がまだ聞こえてくる。いそがしいトイレだ。
「……なに言ってるの?」
「は?」
「どうしてそんなこと聞くの? きのうのこと覚えてます? だなんて、どうしてそういう無神経なことを聞くの新井くんは」
「無神経――」
「そうだよ、無神経だよ。起きたら裸だったよ。それでわかった。ゆうべ、新井くんとそういうことがあったんだって。それくらいわたしでもわかるよ。いくら酔っぱらって記憶がなかったとしてもね。だからそういうのを女のひとに聞くのは無神経だっていうの」
口から次々と飛びでてきてしまう。とげとげしいのが。
「なんだ、それ」
新井が顔をしかめた。
たしか21歳。年下の男。けれど幼い雰囲気はない。
髪の毛を手でにぎったまま新井がつぶやいた。
「なんか、わけ、わかんねえ。なに急に怒りだしてんですか……わけわかんねえ。言ってることも」
言葉につまった。
怒っているのは新井のほうだ。ふだんは温厚そうな、ひとのよさそうな顔をしているくせに。いま怒っているのはそっちのほう。
新井が足を組みかえていた。頬杖もやめていた。
「だいだい、佐々木さんもあれじゃないですか」
「……なによ」
「酒にだらしねぇ。女のくせに」
女のくせにって。
女が酒飲んで悪いか。
「昨日俺、居酒屋で見てたんですけど。佐々木さんがひとりで、カウンターでガーガー何杯も酒飲んでるの。で、飲んで飲んで酔っ払って気持ち悪くなったあげく、トイレでゲーゲー吐いて。佐々木さんは覚えてないかもしれないけど、トイレのきったねぇ床で寝そべってたんですよ? 髪とか振り乱してうーうー唸って。俺がその場にいって介抱してなかったら、いまごろどうなってたと思うんですか? 佐々木さん、きっと、そこらへんのオッサンか誰かに食われてましたよっ」
言ってしまって、新井が口を押さえた。ひどく大げさに。
きっと誰かに食われてた。
でも結局は新井が抱いた。
女性を部屋につれこんで、そんなことをするタイプのひとには見えない。
けど新井が抱いた。
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