01 ● ビールを飲む女

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 路子はうー、うー、と唸っていた。眉間にしわをためて床の上で寝返りを打っている。綺麗な髪の毛がそのたびについていく。便座に行こうとしたが、酔いに勝てずつぶれてしまった、という状況だ。個室ドアの前で小さな体が丸くなっていた。 「ちょ……っと。佐々木さんさあ。きったねえなあ」  便所の床なんかで寝るなや。  頭を掻きながら路子に近づいた。 「だ、れ?」  意識はあるらしい。  目をうっすら開けて、路子がこちらを見た。 「アルバイトの、新井です」 「新井くん?」  路子ががんばって目をあけようとしているが、身体は動かせないようだ。また「うー。あー」と唸りながら、寝返りをうちだした。小さな体と綺麗な髪の毛がグレーのタイルの上で落ち着きなく動く。  だからトイレの床でゴロゴロすんのは、汚いからやめてほしい。 「どうして?……なんで?……どうして新井くんがここにいるの?」  路子が途切れ途切れに言う。それはこっちが聞きたいところだ。 (なしてあなたは、こんなところで寝てしまうのですか?)  やっぱりだ。さっきトイレのドアですれ違った時、まったくこちらの存在には気づかなかったということか。  女の介抱なんてしたことがない。どうすればよいか戸惑ったが、その小さな身体をまず起こしてやることにした。  しっかりしてくださいよ、佐々木さん。そう言いながら、路子の背中に手を回して身体を起こしてやった。右手がずっしり重い。彼女には起きてやろうという気はないのだろう。  思いっきり力を入れて上体を起こしてやる。だらけきった路子の顔が近づき、ビールくさい息が顔にかかった。  最悪だ。  反動で、路子の頭が自分の肩にのっかった。ことんと。 「あーらーいー」  路子が腕を伸ばし、首に両手をまわしてきた。ぎょっとした。鎖骨の部分に顎をのせてくるのでくすぐったかった。頬には彼女の髪の毛がぶつかっている。  ビールのにおいと、甘い香りが交じり合っている。路子からしてくる。  どうなってるんだ、と思った。背中にまわしたままの手は引っ込みがつかない。手を離してしまったら、路子がまた崩れてしまうのではないかと思った。 「あーらーいーのーばーかー」  路子が耳元で囁く。  なしてバカ呼ばわりされなければならぬのだ。路子のような酔っ払いに。 「あーらーいー」  路子がまた囁く。首にまわされた両手は、まだ離してくれない。溜息をついた。 「はあ、もう、なんですか?」  呆れながら返答すると、消え入りそうな声が聞こえた。せつなそうな声が。  たすけて。  路子がいっそう強く、首を抱きしめてきた。
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