01 ● ビールを飲む女

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 ・  これは久しぶりの手触りだ。  やわらかくてすべすべだ。肌の感触。ぽんやりとしながら、それを楽しんだ。  うしろから抱きしめるのが好きだ。そのすべすべの肌に、頬を寄せるのが好きだ。  小さな背中を抱きしめて、その背中に唇を寄せた。あたたかい。いいにおいがした。  布団の中で足を絡めてみる。足もなめらかだった。男のように硬い毛が生えているわけでもない。自分とは構造の違う体。ずっと足を絡ませていたいと思った。  青のシーツの感触を顔で楽しむ。さらさらしていた。綿のシーツを口もとに擦りつけると変に安心する。  なんだか酒くさいと思い、違和感を感じたが、気のせいだと思いなおした。  まぶたを閉じていても明るかった。カーテンのすき間から洩れた明かりが、顔を照らしているのだろう。  いま何時ごろだろう。今日は朝からバイトだ。そろそろ起きなければいけない。けれど、まだ目覚ましは鳴っていないので、急ぐ必要はない。  ヒーターは一晩つけっぱなしだったような気がする。適温に調整していたので心地よい。寒くない。いつも起きたては寒くて寒くて布団の中から出られないのに。  ヒーターは音もなく動いている。  夢と現実の間をなんどかさまよったのち、意識がはっきりしてきた。  目をあけた。  ベッドは窓際にある。やっぱりだ。カーテンのすき間から光が差し込んで顔にぶつかっていた。わずかに空が見える。目を細めた。天気はよさそうだ。今日は雪が降らなければいいと思った。所詮、雪が降っても降らなくても、今の時期は全身が凍りそうなくらい外は寒い。  裸の背中が目の前に横たわっていた。白く、小さな背中だった。目の前で寝ている女は小さく呼吸をしている。そのたびにゆったりと背中が揺れる。細い二の腕が見えた。腕に生えた産毛が陽の光に照らされて美しかった。  ひどく幸せな気持ちで、目の前の腕と背中をきつく抱き寄せようとする。  「彼女」の名を呼ぼうとして、愕然とした。  慌てて目の前の身体を離した。絡めていた足もどけてしまった。なめらかな感触がどこかへいく。  なぜ早く気づかないのだ。  目の前にいるのは「彼女」ではない。「彼女」には背中にいくつかのニキビがあったはずだ。だが、この背中にはない。  なぜ早く気づかないのだ。  「彼女」の髪は顎ぐらいまでの長さだ。目の前にいる女の髪は背中までありそうな長さだ。  一瞬にして昨夜のことを思い出した。思い出してしまった。  どうして冷静でいることができなかったのだろう。そのお陰で、今ごろになって冷や汗がでてくるのだ。  目の前にいるのは佐々木路子だ。  お互い裸だということは、そういうことだ。
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