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九時だった。
アルバイト先の本屋が開く時間は九時半だ。
やばい。
昨夜目覚ましをかけることを忘れたのだ。
慌てて身体を起こした。裸の身体を覆っていた羽毛布団が腰のあたりにするすると落ちていく。すぐ隣りで寝ている路子の白い背中があらわになり、次いで細い腰もあらわになった。目をそらし、あたふたと彼女に毛布をかけてやった。ベッドから抜け出し、床に落ちていたトランクスやシャツやジーンズを着用しようとする。服なんて選んでいられなかった。焦っていたせいか、トランクスをはいていた途中で足の指が布につっかかった。片足で立っていたため、バランスを崩して転びそうになった。
ここから本屋まで歩いて三十分。地下鉄を利用したらいくらか早いが、地下鉄の駅まで時間がかかる。結局どっこいどっこいなのだ。
こうなったら顔も頭も整えないで速攻で家を出る。走って本屋まで行く。そしたら間に合う。
自分はいい。問題は路子だ。
服を着てしまってから、おそるおそる路子を目にした。見てはいけないものを見るような目つきで。
水色の羽毛布団にくるまっている路子は、もう髪の毛しか見えなかった。長い髪の毛だ。柔らかくてなめらかな手触りのその髪を、昨夜、薄暗いこの部屋で、あのベッドの上で、指に絡めた。そして彼女の唇に口づけした。小ぶりな胸にも口づけした。何度も。記憶が蘇ってくる。
最低だ。
いやらしい記憶を思い出している間にも、時間はどんどん過ぎていく。路子を起こさなくてはいけない。
路子からは寝息さえ聞こえてこない。髪の毛だけが見えている。音もない呼吸で、覆っている水色の羽毛布団がかすかに揺れている。
佐々木さん、もう朝です。佐々木さんも仕事じゃないですか? 出かけなきゃいけないんじゃないんですか起きてください。
そう言おうと口を開けたとき、大変なものを発見してしまった。布団の端、自分が寝ていたところの脇に使用済みのコンドームがあった。ピンク色のゴムの中に、自分の出した体液がおさまっている。無造作に置かれているが、中の液体はかろうじて外には洩れていないようだ。
ギャーと叫びそうになった。
どうしてこんなところに置きっぱなしになっているのだ。
すぐに箱ティッシュに手を伸ばした。箱からティッシュを五枚ほど抜き、コンドームをくるくると包んだ。
こんな風に冷静になってしまったら、こんなもの、自分のものなんて見たくもない。自分のものなのに、ひどく汚いものに感じてしまう。投げつけるようにくずかごに捨て、くるりと路子を見た。
まだ寝ている。
のんきに寝ている。
向こう側を向いているのでその表情は見てとれない。ベッドのすぐそばは窓だ。青いカーテンは閉めきったままで開けられることはない。カーテンのすき間から、陽射しが入り込んで細い一本の線をつくっている。寝ている路子の毛布を、一本の線が平和そうに射していた。
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