pro. ○ いつもとかわらない正月の朝

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   元旦だ。  昨夜は何千何万人という人々が、家族団らんで「紅白歌合戦」などを見ていたりしていたのだろう。年越しそばを食べたりしながら。お酒をのんだりしながら。あたたかな光のしたで、あたたかな空気のなかで、あたらしい年をわくわくしながら待ったのだろう。  前回の大晦日はそうだった。  父と母と弟と四人で、とりとめのない話をしながら。笑いながら。にぎやかな正月をむかえた。  それがとても遠い昔のことのような気がしてならない。とても遠い記憶になってしまった。しあわせな記憶。  左手を見つめた。あたりまえだけれど、薬指にはなにもないので笑ってしまう。  今年の正月はひとりだ。三ヶ月前に引越ししたアパートの一室で迎える正月。  ここはたぶんずっと、ビールのにおいがしているはず。ベッドとテーブルと、タンスとテーブルと――必要最低限のものしか置いていない、殺風景な部屋。  もう少しせまい部屋でもよかったかもしれない。ひとりで住むにはひろすぎる、ふた部屋もあるアパートのわが家。  べつにさみしいと思わない。こういうふうに一睡もしないで朝をむかえるのには慣れてしまったから。  いつもの正月なら、母とおせちをつくっていた。誰かと初詣に行っていた。でも今年はそれもない。なんだか正月という感じもしない。  ただの、いつもの朝だ。  もしかしたら、しあわせな正月をすごすことはもう、できないかもしれない。これから毎年、単調な朝を迎えることになるかもしれない。  わからない。  さきを見ようという気になれない。まだ。  空を目にしたいと思った。  もう電気のいらない明るさになってしまったから。  腰かけていたベッドからよろよろと立ち上がった。モスグリーンのパジャマにまとったベージュのストールが、肩からすべり落ちる。はらりと床に落ちてしまった。  蛍光灯からぶら下がっている細い紐をひっぱると、たよりない自然光だけになった。  よろよろと窓までいく。  札幌の正月は今年も雪だ。大きな雪がふわふわと天から落ちてくる。  ふり積もった雪が、ほの白く明るかった。    
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