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01 ● ビールを飲む女
その後ろ姿を見たとき、やばいと思った。
なんか知んないけどなんかやばい。
髪の長いその女はカウンターに座って生ビールを飲んでいた。麒麟のマークのついたジョッキを、小さな手で持ちあげ、ゆっくりゆっくりと傾げていく。黄金色の液体はみるみるうちになくなっていく。白い泡がこの世を去りがたいという風情でジョッキの内側にこびりついていた。
ものすごい勢いでビールを飲んでいた佐々木路子は、アルバイト先の社員だ。誰かから彼女は24歳だと聞いた。三つ年上の女。
大学に通うため、札幌で一人暮らしをはじめて三年。いままで親の仕送りだけでなんとかやってきたが、友人との交際費やなんやらで何かとお金がかかる。大学三年目ともなると、取得しなければならない単位というのも少なくて済むようになった。時間に余裕も出来たことだし、アルバイトでもしようかと考えたのだ。たまたま見つけた本屋で。
アルバイトをはじめた時、同じ時期に社員として勤めだしたのが佐々木路子だった。
彼女とは一緒に仕事の研修を受けた。店売(つまりレジで本を売りさばく事)でペアを組まされることも多かった。
苦手な女だった。
彼女を苦手なのは多分、自分だけではないと思う。一緒に働いている社員や他のアルバイトも、苦手だと感じながら彼女と仕事しているのではないか。
佐々木路子は愛想がない。
こちらは、すぐ誰とでも仲良くなるのが得意だ。人と話をするのも好きなほうだ。ところが、彼女ときたら話しかけても本当にそっけない。誰とも交流を持ちたくないオーラを隠すことなく発しているのだ。
話しかけてみると、面倒そうな顔で無愛想な返事しか返してこない。だが仕事に関してはしっかりこなし、完璧な働きぶりだ。業務連絡の際は発言をするが、仕事中のひまな時間に交わすおしゃべりにはまったく加わってこない。
一見、おっとりと優しそうな彼女。男女問わず、誰からも好感をもたれそうな雰囲気。
もったいない。なんであんなに無愛想なんだろう。いつもそんな風に思っていた。
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