01 ● ビールを飲む女

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 テーブルには豚串ののった皿と、ビールジョッキがいくつかある。ビールジョッキがたっぷりと汗をかいているおかげで、テーブルが水でよごれている。汚いが、誰もきれいにしようとする奴はいない。  ネルシャツのポケットから煙草をとりだした。ずっと胸にあった煙草のソフトケースはくしゃくしゃになってしまっている。テーブルにあった店のマッチを手に取り、擦って火を点けた。息を吸い込みながら火を煙草の先にくっつけてやる。簡単に火は点いた。  思いっきり息を吸い込んでしまったせいか、へんなところに煙が入ってしまった。喉の奥がやけどしたように熱い。少しむせてしまった。  新井(あらい)、なにお前むせてんのよ。  仲間から突っ込まれて苦笑いする。  今度はおちついて煙草を吸い込む。煙をゆっくりと吐き出しながら、「彼女」のことを考えた。  「彼女」とは一年くらい前から付き合い始めた。二年の時同じ語学の講義をとっていて、それで親しくなった。  美人だ。大学でも有名なくらい。  「彼女」目当てに、何も関係のない講義をわざわざ受けに行く輩もいたくらいだ。  その「彼女」から突然付き合ってと言われた時は驚いた。付き合い始めの頃は、あの「彼女」と付き合っている男として騒がれたような覚えがある。講義室前のベンチで煙草を吸っているときに、チラチラ見られたり、学生食堂でうどんをすすっている時にも視線を感じた。特に、見知らぬ男からの。  「彼女」のことが好きだ。  一緒にいて楽しい。  女の子というのは気が利く。男同士なら流してそれでハイおしまいのところを、細かいところに目を配り、いたわってくれる。そして優しい。単純なので、優しくされると大変嬉しい。だからこちらも優しく接したいし、嬉しい気持ちにさせてあげたい。笑顔や仕草が可愛くて、いっぱい構ってしまいたくなる。  いま「彼女」は何をしているのだろう。  「彼女」の実家は帯広だ。正月は実家に帰省してのんびりしていると言っていた。アパートのポストの中に、「彼女」からの年賀状が入っていた。きれいな文字で書かれた「今年もよろしくね」を目にしながら、はやく会いたいと思った。はやく腕の中におさめて抱きしめたいと。
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